三十、かすかな希望
へべれけになった高橋さんを自宅まで送ってから、高泉は星乃湯へ行った。夕方も過ぎてきただけに、廃業検討中とは思えないほどの賑わいだった。主人はフロントカウンターに座っていた。高泉はつかつかと寄っていった。
「おいおい、かなり酒臭いぞ! 浴槽で溺れないでくれよ」
「ああ、分かってる。だが、その前に、ちょっと訊きたいことがあるんだ」
「なんだい。業務提携のことかい? 廃業の決定は延ばしたんだから、なにも酒臭い時でなくなっていいじゃない」
「いや、業務提携のことじゃなくて、ボイラーのこと訊きたくて」
「ボイラー? そう。で、どんなこと?」星乃湯の主人、特に驚いた様子はなかった。
「台数は?」
「二台だよ」星乃湯はさらりと言った。
「やっぱり、そうか!」高泉は、真実を掴んだぞ! といった顔をした。
「なんだい。ボイラーの数ぐらいで、そんな顔をして」
「で、一台は旧式で、もう一台は新式かい?」
「今となっては二台とも旧式だよ」
「いや、そうじゃなくて。両方を比べたら、片方がさらに古いだろう?」
「ああ」
「で、より古いほうって、燃料は木かい?」
「そうだよ。あんたが出した廃材だって、木のボイラーがあるから引き受けたんだ」
「あ、そうか!」
茶箱に竹筒、ばっちい天井板の処分、加藤君を経由して星乃湯の世話になったことを今ごろになって認識した。
「はあーあ・・・」星乃湯の主人があまりにもスムーズに答えたため、高泉の気が抜けてしまった。
「大丈夫かい? 勢いよく訊いたと思ったら、今度はへたりこんで。縁側で少し休んだほうがいいんじゃないの」
「ああ、そうするよ。でもさあ、こんな時、よく落ち着いてられるねえ」高泉は気の抜けたままフロントカウンターに両肘をつき、言った。
「廃業しても構わないと思ったら、気が楽になったからね」
「なんだか余裕だねえ」
「余裕なんてない。だが火急じゃない。真綿で首を締め付けられるような状態さ。きっと、潰れていった他の銭湯も、同じような状態で苦しんだんだろうなあ。気の毒に」
「すっかり他人事だねえ。あーあ、俺はいったいどうしようかなあ」
「悪く思うなよ。私だって、先細りが明らかなのに、借金を増やしていく気はないから。とにかく、夜逃げするような事態だけは避けたいんでな」
「ああ、分かるよ。俺だって夜逃げは嫌だもの。でも、なんとか継続してもらうために、俺でもできることないのかなあ。あの業務提携以外に、なんか役立つことがさあ」
酩酊の反作用もあり、そこに主人がいることすら忘れ、高泉は独り言として言った。
しかし、主人の目はぎょろりと光った。その光り具合は、この言葉を待ち受けていたかのようであった。この主人の様子に高泉は気づいていない。
「ふーむ。役に立ってもらえることねえ。まあ、なくはないかもねえ」
「おっ、そう。どんなこと?」高泉は、急遽かすかな希望を抱いた。
「まあ、あくまでたとえばだが・・・。いや、ここで話すのはまずいな。どうだい高泉さん。客が込んできたし、あんたの酔いもすぐにはさめないだろうし。明日二時ごろ、お汁粉屋さんでどうだい? おごってやるからさ」
「うん、わかった。じゃ明日二時にね。必ず行くよ」
そう言って高泉は脱衣所へ入っていった。その後ろ姿を見ながら、主人は眼鏡の奥でにんまりとした。
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