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「寺と風呂屋と謎の観音」  フリーWebカレッジ  蒔苗昌彦


三十一、お汁粉屋のやりがい

 今日も、朝食と昼食を病院で頂いた。もちろんそのぶん、資料整理に貢献した。

 大分類は先週で終わっていたので、今週からは中分類に入った。中分類が終わっても、次は小分類。次に細目の整理。さらに細目間の関係性の整理。と、高泉は計画していた。先はかなり長い。そのため、貸し倒れにスポットライトを当てた整理も、並行して行うことにした。

 なにしろ当病院の理念は「治すのが先、取るのは後」。だがいざ治ってしまうと取り損なうケースが、昔ほど多い。院長と事務長と三者で打ち合わせた結果、そのヒストリーを単に数値で追っていくのではなく、時々の社会傾向が見えるように、それぞれの事情も追えるだけ追うことになった。

 整理が進むにつれ、明治の開業初期、跳んで太平洋戦争終了後しばらく。貸し倒れの頻度が高いことが分かった。

 開業初期は寄付金も多額で、病院トータルな決算では赤字ではない。そこからは、慈善事業的な開業と、地域社会への貢献という病院の起点が浮かんでくる。貸し倒れ先も、地域社会の顔見知りだったようである。

 ところが、戦争終了後しばらくは、寄付も僅かで赤字経営。ただ、高価な機器を導入しようがなかったようで、そのぶん赤字の規模は小さく、貸し倒れが多発しているにもかかわらず経営は持ちこたえた。しかし、戦後の混乱のせいだろう。貸し倒れ相手がどこの誰だか分からないケースも多かった。おそらくは、流れ者にまでも、いや、流れ者にこそ当病院の理念が伝播して、すがる思いで駆け込んだのであろう。

「あーあ、肩が凝っちまった」高泉はソファにそりかえって首をぐるんぐるん回した。壁に掛けてある時計が目に入った。

「あっ、いけね。もう二時過ぎてら。すみませーん、事務長さーん」

 高泉は立ち上がって、事務長を呼んだ。

「突然だけど、今日はこれで帰るね。応接室、あのままでいい? 明日も来るからさ」

「はい、どうぞ、高泉先生」

 事務長は快く返答し、玄関まで見送って一礼した。

 大また歩きを最大限発揮したものの、高泉は二十分以上遅刻してしまった。お汁粉屋では、星乃湯の主人が先に、アイス善哉を食べていた。

 それはお汁粉屋のお婆さんの特製。表面を火であぶり直した小粒の板餅と、冷やした自家製の餡を置き、ペールですくった丸いアイスクリームを二つ載せた上、缶詰のミックスフルーツを盛り、さらに液状のチョコレートをかけたもの。トップにはチェリーも添えてある。アイスクリームと言っても正確には乳脂肪分が少ないアイスミルクだが、そのほうが餡や缶詰フルーツ、チョコレートと組み合わせた味がごちゃごちゃしない。

「悪い、悪い」高泉は誤った。

「なあーに、手助けしてもらうかもしれん立場だから」星乃湯の主人は舌をぺろぺろさせながら応じた。

「高泉さんも、同じの食べない? おごるからさ。とってもおいしいよ」

 主人に勧められた高泉は、アイス善哉をお婆さんへ注文した。

 暇な時間帯、最高価格帯の品を二つも頼んでくれたお客なのに、お婆さんはよそよそしかった。彼女にしてみれば、利用者を見捨てて廃業するかもしれない星乃湯だわ、商店街を徘徊するくせに一度も来店してくれなかった大男だわ。よそよそしくて当然だった。入店拒否したいぐらいの気持ちもあった。

 しかし、身体と好奇心を隠しながら客の話に耳を傾けるのが、商売ロングランの原動力となっている彼女。だからアイス善哉をテーブルに届けた後は、カウンターの裏で丸イスに腰をおとして聴き耳をたてた。ラジオやテレビをかけない主義の店内は、古いクーラーと冷蔵庫の運転音と、ぴちゃぴちゃぺろぺろの音が続いた。

「いやあ、おいしいね。これ」残暑の午後を急ぎ散々汗をかいた高泉は、大型犬が長い舌でなめまわしたようにたいらげた。自ら認識してはいないが、実は高泉、甘辛両刀使いだったのである。

「ほう、気に入ってくれたかい。ここのアイス善哉、前から皆に勧めているんだよ」星乃湯の主人はカウンターの裏へ届くように言った。

「なんなら、もう一つどうだい?」廃業検討中とは思えない明るさで、主人は訊いた。

「いいよ、いいよ。これでも昼飯、しっかり食べた後だから。あんがとさん」

「じゃあ、本題に入るとするか。高泉さんは何時まで大丈夫かい?」

「何時まででも大丈夫だよ。大事なことだから、じっくり打ち合わせるさ」

 カウンターの裏では、お婆さんの耳がにょっきり伸びた。

「ボイラーが二台あることは、昨日伝えたよね」主人は前傾姿勢でひそひそ話しをする格好になったが、声は逆に大きくなった。

「木を燃やす旧式は、構造が単純で壊れることもない。だが、湯を沸かす能力は低い」

「そうだろうねえー・・・」いつになくゆっくりとしたペースで話す主人に合わせ、高泉もゆっくりと応じた。

「能力が低いとはいえ、昔は、木だけでどうにかやっていた。押し合いへし合いの混雑だったにもかかわらずね。一人当たりが消費する湯の量が少なかったわけだ。カランがちゃちで湯がじゃばじゃば出たりしなかった事もあるけどね」

「そうだろうねえ。俺も子供のころも銭湯だったからよく分かるよ」

「当時は、価格の変動があったにせよ、木は続けて手に入った。たとえ高値に流れてもお客さんが多くて日銭が沢山入るから、どうにかやりくりできたものだ」

「ふーん」

「ところが、客はだんだん贅沢になる。だから、こちらとしてもカランを交換して湯の出をよくするようにした。すると当然、消費する湯の量が増加する。客の数は減っていくにもかかわらずね。だから、結局うちも新式ボイラーへ移行した。だが、撤去費用が大きいので、木のボイラーも残しておいた」

「ふーむ。じゃあ、高橋さんの説は当たってなかったわけかあ」

「え? どの高橋さんだい。工具店の高橋さん? 園芸店の高橋さん?」

「釣りの高橋さんだよ」

「え? 釣り具屋は、佐藤さんじゃなかったか?」

「あ、ごめん、俺に釣りのやり方を教えてくれる高橋さんという意味で、自宅に風呂があるから、顔、知らないと思う。奥さんは膝の治療のために、一時通っていたそうだけどね」

「そう。で、その高橋さんが?・・・」

高泉は高橋さんのボイラー二台併用説を話した。

「ま、理屈上、そうした使い方もできなくはないが・・・。それにしたって、木が昔のように継続的に確保できなければ駄目だ」主人は言った。

「高橋さんの推理、すっかり外れたということだな。島津の勘のほうがましだったわけか・・・」高泉は独り言として言った。

「島津ってのは、それまた誰だい?」

「夏の盛りに新規開業した探偵さんだよ」

「えっ! 探偵。おい、何か調べさせたのか? うちのこと」

「まさかぁ、そんなことしないよう・・・」高泉は主人の疑念を打ち消しながら、島津から聞いた通り、警察署と環境委員長の昔話を話した。

「かっ! あんとき裏でそんなことしてたのか! あの委員長めが!」主人は吐き捨てた。

「でも、おかげでプラスチックとか燃やしてないことが証明されたんだから」

「そんなの当然だ。ゴムやプラスチックをぶちこんだら、悪臭を出すだろうし、ボイラーの具合も悪くなってしまうよ。あんな委員長から言われる前に、混じり気がないか、よほど点検するさ。まったく、現場を知らない奴は見当違いなことを言い出しやがる」商店街の面々に取り囲まれた緊急会議でさえ冷静だった主人が、ぷりぷり怒った。

「まあまあ、昔のことなんだから。でもさあ、今の話からすると、新式ボイラーを入れた後は、もう木のボイラーを運転する必要性はなくなったみたいじゃない。どうなの、そのあたり?」

「おう。高泉さん。それでようやく今日の本題に入ったよ。実はね・・・」主人は両肘をテーブルにつき、高泉の顔に貼りつかんばかりのひそひそ話体勢になったが、声はさらに大きくなった。カウンター裏の耳は、これ以上伸びようがないほど伸びた。

「実はね、あんたの言うとおり、木のボイラーを運転させなくても運営はできる。しかし・・・」

「あ、でも、商店街の人たちとこの店で一緒だった時には、消費量の変動差に対処するのが大変だって、言ってなかったっけ? それをカバーするのが、いわば予備機にあたる木のボイラーじゃないの?」

「それは理屈の上の話。実際には、新式の燃焼量の増減で対応しているんだよ。ただ、そうであっても、シビアな目で観察し始めて分かったんだが、増減が激しい場合のほうが燃料代が大きくなるんだ」

「なら、やっぱ、予備機を並行利用したら?」

「だからそれはあくまで理屈の上」

「理屈、理屈っていうけどさあ、俺、煙突から真っ黒な煙が昇っているの、前に見たよ。あれって、木のボイラーから出た煙じゃないの?」

「そうだよ」

「ということは、やっぱり使ってたわけじゃん」

「それこそが、今日のポイントさ」

「本格的には使いものにならないボイラーを使ってた点が?」

「そうなんだ」

 坂上部屋の研修で分析手法を教える高泉ですら掴みきれなくなっていた。しかし、まだ話は終わっていない。いったいどのような協力をしてもらいたいのか、肝心なこともまだだ。星乃湯はさらに続けた。高泉のみならずカウンターの裏でも、ちんぷんかんぷんながら情報のストックは着実に進んでいた。

<次の章へ続く>

 
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2006年10月20日

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