三十九、環境課の見解
高泉も参加した現地打ち合わせは、七時を過ぎても終わらなかった。
ともかく、お休み処や売店などのエリアを捻り出したい。墓所はそこそこの広さがあるものの、広大な敷地というわけでもない。だが、今では権利不明となってしまった墓や無縁仏が多くある。それらをどうにか整理しよう。秋山部長はそう考えている。
また、権利が明らかで動かしがたい箇所も、植栽や照明を工夫して、不気味な雰囲気をこじゃれた雰囲気へと変える。なにしろ高尚寺では、千葉の奥地に新規で墓苑を作る話も急浮上しているだけに、秋山青年は駆け足でヨーロッパの墓所を視察してきた。その際、いかに自社の墓所に風情がないか痛感した。制約範囲内で最大限リニューアルし、風情を創るのは自分の役割と、意を強くしたのである。
ただし、投資が過ぎても、回収がままならなくなる。また、いったん作った施設は劣化の一途。これはなにも墓所という空間のみならず、あらゆる商業空間に当てはまることだが、それをどの程度の基準で管理するかが課題である。
景気低迷の時代にあえて墓所をミニテーマパークにしつらえようとする秋山青年は、この点、空間コンサルタントの指導もあって充分理解しているだけに、企画・計画の段階で時間を費やすことを惜しまなかった。
「くどくど言うようですが、安全さえ確保できれば映画のセットみたいでも構いませんからね。とにかく、メンテナンスを費用面でも容易とすることを念頭に、前回提示した予算内で、各社の最終案を出して下さい。では、皆さんよろしくお願い致します」
広告代理店時代にプロデュース能力を身につけた秋山青年は、薄暗くなっ霊門で、専門ごとに集めた業者さんたちへ丁重に頭を下げた。業者さんたちも丁重に頭を下げ「失礼します」と帰っていった。
「いやあ、さすが経営企画部長だねえ。これなら彼らも、無理をせずにベストを尽くせるだろうよ」
「当然ですよ、このぐらい。それより、坂上部屋の打ち合わせ、時刻は?」
「あっ、いけね。秋山部長の仕切りに見とれていたら、すっかり忘れちまったよ」
「では、一緒に出ましょう」
「ああ」
高泉が坂上部屋に行くにせよ、秋山青年が地下鉄で帰るにせよ、産業道路沿いの歩道をいったん南下する必要があるので、二人は連れ立って出発した。
すると、早足で北上してくる女性が遠くから大きな声を発した。加藤君のお姉さんだった。
「高泉さん、よかった、つかまって」軽く息を切らしたお姉さんは言った。その急いでいる様子に、秋山青年も少し驚いた。
「何かあったの?」高泉は訊いた。
「ええ。で、先にうかがいたいんですが、募金、もう始めてしまいました?」
「予約は始めたよ」
「予約?」
「お金を出す気がある人に、予定の金額と署名だけ記帳してもらうんだよ」
「つまり、現金はまだ受け取っていないんですね?」
「そうだよ」
「そうですか! さすが堅実な高泉さんですね。あー、間に合って良かった」彼女はやっと息をついた。
「何が間に合ったの?」
「実は、あの後、進めていくうちに色々ありまして」
「えっ、駄目になっちゃったの?」
「いいえ、まだ駄目と決まったわけじゃありません。ただ、可能性が不透明なので、現金を集めてしまうのは待ったほうがいいと思ったのです」
「ボイラーが推奨文化財になる可能性も?」
「相当珍しい機械なので、そちらのほうはいけそうです。五メートルよりも近づけない点は、見学者の安全を確保する上でも、当然認められるべきということになりました」
「頑丈な安全柵を予定してますから、大丈夫ですよ」客導線の設計に間接的に関わっている秋山青年が言った。
「じゃ、何がやばそうなの? もっとも、有害物質を出さないよう改造できるという前提に立っての話だけどね」
「ええ。その前提に立ってですが。廃材を燃やすことに関して、環境課との議論が続いてまして」
「えっ。廃材を燃やそうと燃やすまいと、有害物質を出さなければいいんじゃないの。公的認証も取るつもりだし。燃やす物のリストも届け出るつもりだし」
「そうした計画は、環境課も評価しています」
「なら、問題ないじゃん」
「しかし、廃材を燃やすならば、廃棄物処理場の操業許可を取るべきと、環境課長が言ってるんです」
「あれま。手間賃を取って廃材を燃やそうと考えていること、ばれちゃったの?」
「いいえ。そのことは伏せてあります。しかし、環境課長は、有償無償に関係なく、他者が持ち込む廃棄物を処理する以上は、操業許可を取るべきだと言ってるのです」
「面倒臭いなあ。でも仕方ない。そっちも進めるよう星乃湯に言うとするか」
「ええ。理屈の上では。しかし、廃棄物の専用焼却炉として設計されていない以上、操業の許可を取れない可能性も大きいので」
「なんだ、要は駄目なんだあ・・・」高泉は両手で長髪をかきあげ天を仰いだ。
「加藤さん」秋山青年が振り向いた。
「環境課長さんは、『他者が持ち込む廃棄物を処理する以上は、操業の許可を取るべき』とおっしゃったのですよね」
「はい、そうです」
「ということは、自分の所有物を燃やすならば、操業の許可はいらないのですか?」
「たぶん自家用焼却炉としての基準を満たせば・・・」
「では、廃材を引き取った後、しばらく期間をおいてから焼却する。この方法はどうでしょう?」秋山青年が奇策を述べた。
「そうか! 一定期間、引き取った物を寝かすわけだな。それでいったん私物化されたとみなし、その後に自分の所有物として燃やす」高泉は少し元気を取り戻した。
「うーん、それは苦しい・・・」お姉さんは考え込んでしまった。
「まあまあ、加藤さんは今の話、聞かなかったことにしてさあ」
「うーん、たとえその理屈を押し通すとしても、自家用焼却炉の基準も厳しいですから・・・」彼女は初めて高泉の前で腕組みをした。
「ええい! こうなったら、やっぱ闇で稼働させるしかない!」高泉はやけを起こした。
「それでは、正々堂々と再開したいという星乃湯さんの願いを根底から否定してしまいますよ。続けてきた闇稼働をやめた上での、依頼だったわけでしょう?」秋山青年が指摘した。
「あ、そうだったねえ。いやはや、参った」
「こうなると、焼却専用炉へ改造するよう、予定を変更しなければなりませんね」秋山青年は言った。
「うーむ。そうするしかないかなあ・・・。あ、でも、それじゃあ、多少でも湯を沸かそうという目的が消えてしまうなあ。廃材処理の手間賃を取るという目的だけになってしまう」高泉はやはり困ってしまった。
「その目的だけだと、文化財への道は絶たれてしまいます」お姉さんは断言した。
「当然そうだよなあ。推奨文化財にするのは、廃材を燃やすことに大義名分を与える方便でもあったわけだから。ややこしいこと甚だしいなあ」
高泉は歩道にしゃがみこんでしまった。大男だけに、かえってぶざまで情けない姿として彼女の目に映った。
「ごめんなさい、高泉さん。さらにお時間下さい。なにか道は残されていないものか、わたし、がんばって探してみます」
毅然としたお姉さんの様子に刺激を受けた高泉は、すっくと歩道から立ち上がった。秋山青年はしゃがみこんでいなかったが、高泉同様に刺激を受け、普段からバリッと着こなしているスーツが本当にバリバリ音を立てそうなほど、背筋を伸ばした。
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