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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【五】

 光合成により植物内に大量に蓄えられた炭水化物が、砂糖の原材料の主成分となります。

 

 一六四四年 清、北京へ入城。民、衰退。

 

 きょも、のらすごと、ありがどごす。

(今日も農作業、本当にご苦労さま)

 いやー、おながこおきいおぐさんがらみだら、なんでもねーねー。

(いいえ。身重の奥様のご苦労に比べれば、このぐらい……)

 

「もし曾祖父ちゃんが戦犯だったとしても、墓地のリストに載せてもらえる。獄さんのその意見、嬉しいわ」

「あー、そう……」

 どうやら彼女は俺の意見を好意的に取っているようだ。戦犯であろうとなかろうと新墓地のリストに載せるべきと言っているのは、戦争という事実と、それに付随して起きた様々な出来事をありのまま伝承していくべきとの考えに基づく。祖先を祭るという宗教的着想ではない。

 かと言って、国際政治の熾烈な駆け引きの下で展開された軍事法廷を全面的に認めているわけでもない。そもそも勝者が敗者を裁く法廷じゃあ、中立性に疑念が残る。また、たとえば証人として出廷した満州国皇帝の溥儀も、後の自伝で偽証を認めたほどだ。

 もっとも、不公正さを突く米国人弁護士による痛烈な反論は、判事を寡黙にさせ、検事を逆上させ、被告人を涙ぐませたほどだから、茶番劇と言い切ることもできない。ましてや、裁判長のウェッブ自身は無罪と判断。ウェッブとは別の理由によるが、無罪と判断したパル判事も、その根拠を示す膨大な意見書を残している。結果、判事団内の多数決で有罪となったが、少なくとも外見上、公正さを保った。

 が、とにもかくにも、有ったことを無かったとしては、後世、話がややこしくなる。立場によって解釈が異なってしまうのが歴史。百パーセントの正確性を保つのは無理だが、そうであっても、事実はなるべくそのまま伝えていく努力をすべきである。だから、国家は墓碑をむしろ正面切って打ち立てるべき、と俺は思う。

 その意味でも、従姉さんの構想は、「戦争記念墓地」と銘打っていることが肝。「戦争」という言葉がぶっそうなのは認めるが、だからと言って「平和記念墓地」へと名称を修正し、その修正名称ゆえに戦犯者を墓碑から外せという野党の論理展開は、ズレている。

 ともあれ、平和という言葉が、戦争という言葉をぼやかすために使われちゃならない。戦争は、あくまでも戦争なのだ。

 

「田中さんのお仕事も、大変そうですね」

「なんの、なんの。Kさんのご苦労に比べれば、子供だましのようなもんですよ」

「でも、急きょ、海外に飛んだりするんでしょう」

「ま、国際ビジネスのトラブルシューターとしても、自営業の看板を出している以上はね……。ただ、近頃は三次元バーチャルの電話会議システムが随分進化してくれ、唐突な海外出張はせずに済んでますよ」

「そうですか。私はその会議システムを使ったことがないんで……」

「そりゃあ、Kさんの超能力からすれば必要ないでしょう。海外に飛ぶこともないのでは?」

「そうですねえ。でも、たまにインスピレーションに導かれて、行くことがありますよ」

「へえー。その時は、支援チームの機材運搬がさぞ大変でしょうねえ」

「ロシア空軍が新品同様で払い下げてくれた大型輸送機に、ヘリとコンテナを積んで現地に向かいます。もっとも、これは急ぐ場合の話ですが……」

「急がない場合には?」

「急がない場合というより、計画的な場合と言ったほうが適切なのでしょうが。その場合には、貨物船で行きます。時間は掛かるけど、海の上はなぜかビジョンの明度が上がり、結果、仕事の効率が上がるので」

「海の上がねえー。僕が大学生の時に一度きり経験したビジョンなんぞは、なぜかバイト先のスーパーのレジに突っ立っていた時ですけどねえー」

「いや、そんなものですよ。さきほど説明したように、ビジョン発生のメカニズムと、宇宙の相対的な位置との関係は、研究が進むにつれ不規則性論が強くなっていますから。むしろ受容体になる人間の、メンタリティにこそ規則性を見い出すべく研究を重ねる必要があると思います」

「うーむ。それにしても、僕の場合の、スーパーのレジの時の経験には、いったいどんな規則性があるのかなあ……」

「田中さん。一回ぽっきりでは、規則性も不規則性も、ありませんよ」

「あ、それは言えてますね」

「でも、たとえ一回でもビジョンが発生したということは、田中さんにも潜在能力があるということです。機関へ、候補者の発見をレポートしておきますね。せっかく資金が潤沢なのに、肝心なビジョン能力者が全く不足で……」

「不足も何も、本格稼動しているのは、日本ではまだKさん一人だけなんでしょ?」

「でも、研修所で訓練中の候補者は、何人かいますよ。田中さんも、参加しませんか?」

「いやあ、かんべん、かんべん。Kさん同様三十代ならまだしも、五十まぢかな僕には、何よりも体力的に無理でしょうよ」

「でも、一回きりの体験とはいえ、田中さんの場合には、未来が見えるビジョンじゃないですか。私のビジョンは、未来のほうは全然だめなんですよ。海外の現役捜査員も同様だから、田中さんの能力は貴重です」

「ふーむ……」

「とにかく、報告だけはさせて頂きますね」

 

 新所長、高橋の意欲はさっそくボラバイトたちに伝わったようだ。同時に、ボラバイトの主婦たちの意欲も、高橋へ伝わったようだ。そのため、初回ミーティングは熱気に包まれた。

「ところで、所長。『健康連絡委員』という名称、変えることできませんか?」一人のボラバイトが言った。

「そう、私も変えたほうがいいと思うわ」

「私も賛成!」

 他のボラバイトたちからも声が続いた。

「念のため前任者に確認しておきますが、名称を変えることは可能だと思います。ちなみに、皆さんが変えたいと思う理由は?……」

「なんか、連絡委員という名称だと、不健全な状態のお宅を探し出しては役所に通報する係、と誤解されるような気がして……」

「そうそう。私も一度『奥さん、伝染病の監視してるんですって?』なんて嫌み言われたことがあったわ……」

「あと、家庭内暴力や、幼児虐待を嗅ぎ付けて通報する役割だと思っている人もいたわ。その人は逆に、『とてもいいことしてますね』と、誤解の上で応援してくれているけど……」

「あ、でも、幼児虐待の場合には、私たちでなくても、発見したら通報しなければならない義務があるんでしょ?」

「げっそり痩せているとか、怪我が絶えないとか、そうした状態を見つけたら通報するように、とTVで流れていたの、私も見たわ」

「このあたり、どうなんですか? 所長」

「ええ。幼児が虐待されたり、放置されたままにされているのが見つかったら、児童相談所が対応します。場合によっては警察も」

「じゃ、なにも健康連絡委員だけの活動として、考えることはないのですね? 所長」

「ええ。子供の保護は、コミュニティ全体の協力があってこそ実現されます。だから、発見者の立場に関係なく、通報されるべきです」

「でも、もし私たちが発見した場合に、コミ健を飛ばして児童相談所へ行くのも、なんか変じゃないかしら? その点、どうなんでしょう」

「もちろん、まずコミ健へ連絡して下さって結構です。私が内容を確認した上で、児童相談所か然るべき行政機関へ持ち込みます」

「ということは、所長。児童相談所へ持ち込まない場合もあるということですか?」

「誤報と判断したら当然持ち込みません。また、誤報とまでいかなくても、面談を通じて改善ができる軽い段階であれば、まずその努力をします」

「そういえば、子育て相談も、コミ健の業務の一つとしてパンフレットに出てましたものね!」

「そうそう。私たち、大切なこと、忘れていたわね」

「よーく顔ぶれを見てみれば、私たち委員は全員、子作りも子育ても百戦錬磨だから、後輩指導にはバッチリだわ!」

 ここでいったん爆笑したミーティングは、ようやく委員の名称変更の審議へと移った。熱気は続いた。

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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