フリーWebカレッジ  人道学科  開講記念小説 日経小説大賞日経小説大賞

人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【十一】

 砂糖が日本に伝わったのは、奈良時代。中国大陸からと言われています。

 

 一八六〇年 五六年に始まったアロー号戦争、清の敗戦で終結。英や露に領土割譲。

 

 おぐさん、てへんになったよ!

(奥様! 大変です!)

 わいはあーっ! 斉藤さん、どしたんだばしてー?

(えっ! 斉藤さん、なんで戻ってきたの?!)

 

「よう。やっちゃん、頑張ってるかい?」

「あ、木鋳寺部長……」

「もう部長はやっちゃんに譲ったんだから、獄ちゃんでいいさ」

「そんなあ。せめて、獄先輩と呼ばせて下さい」

「そのせつは、お見舞い何度もありがと」

「いやあ……。とにかく元気になって、よかったですねえ」

「まあね。でも、やっぱし、局長の好意に甘えることにしたよ」

「え? それ何ですか?」

「まだ聞いてないんか……。ほら、昨年末、おっ始めた子会社あるじゃん。あそこに出向することになったのさ」

「あ、コミュニティ紙を創る仕事ですね」

「せいぜいノンビリしてくるさ」

「そんな。ちゃんとやれば、大変な仕事ですよ」

「いやあ、政治部や社会部に比べりゃ……」

「なんだ、先輩らしくないなあ。『どんなジャンルだろうと、真剣にやれ』『ライオンが子鹿を追い詰めるように真剣にやれ』そうやってシゴいたのは、先輩のほうでしょう? 部下たちがいる前で、そんなこと言ってもらっちゃ、困りますよ」

「ハイハイ、わかった、わかった。反省して、コミュニティ紙創りに精進するから。許してちょ」

「うむ。それでこそ獄さんですよ」

「ところで、やっちゃんこそ、今度、ミサイル演習の同行取材、よくぞ許可取れたもんだ」

「あ、もう聞いてます? 明後日から台湾経由で行って来ますよ」

「いやあ、いくら北京大学の留学経験があるとしても、よく許可を取れたなあ。全国紙も出し抜かれて真っ青だろうぜ」

「生き残るためには、ブロック紙も何か飛び出さなければね……」

「それにしても、凄いねえ」

「ある意味で、以前に比べ緊張が緩くなったということでしょうよ」

「まあね。ますます経済発展する中国だから、ディスクロージャーも進むというわけか」

「しかし、砲艦外交、いやミサイル艦外交を続けているようでは……」

「今となっては単なるセレモニーじゃないの? そうでなけりゃ、やっちゃんの同行取材、受け入れるはずがないじゃない」

「ま、そうですけれど。実際、私も台湾を経由していくのを、先方も正式に了解していることですし」

「聞くところによりゃ、国民党が融和の方向性をますます強く打ち出しているんだって?」

「ええ。共産党との戦いに破れるまでは、大陸にいたわけですから、そうした願望は当然でしょうねえ……」

「第三次国共合作。そう言ったところだね」

「えっ?! いくら獄先輩でもその表現は許せないなあ。何も彼ら、日本なりどこかの国なりと戦争をしているわけじゃないんだし……」

「あ、ごめん、ごめん。口がすべった。許してちょ」

「一国二制度か、別々の国家なのか、その選択の問題ですからね……」

「で、やっちゃんは今回、アメリカ艦隊の牽制行動、どう見込んでるの?」

「無しと見込んでますよ。いまだ中東から力を抜けないでしょうし。中国当局もそう見込んでいるから、同行取材の許可をくれたわけでしょうけどね」

「じゃあ、なおさら、今度のミサイル演習、安全な取材となりそうだね」

「ええ。全く安全でしょう」

「以前は、核戦争の引き金にもなる可能性があったほどだから、変化したもんだなあ、あの地域……」

「後戻りさせないように、メディアとしても頑張りますよ」

「そうだね。ペンは剣よりも強し。これを信じて頑張ってちょ」

「獄さんもね」

「ああ。コミュニティ紙なりに、頑張るさ」

 

 黄色の点灯が続く。Kは目を閉じたまま丸太の椅子に座っていた。 和尚と田中が二人で焚き火を丁寧に消していった。

「こんばんは……」

 僅かに夕焼けの名残がある空を背にした雑木林。その中から、すうーっと現れた二人の女性が挨拶をした。田中は、その二人の美貌と相似性、そしてキリリとした作業服と態度に目を奪われた。双子だろうか。

「急護員……」

近づいてくる二人に、田中は独り言のようにしてつぶやくのがせいぜいだった。

 一人はそのままKの隣りに腰掛け、手を取った。もう一人は、口をぽっかり開けた田中の前まで来た。

「Kさんから、推薦がありました。よければ、この同意書をご覧ください」

田中は催眠術にでも掛かったように、差し出されたバインダーを手に取った。彼女はマグライトで、「見学同意書」と記された用紙を照らした上、補足説明をした。

「第三条にも書いてありますが、当用紙に署名して頂いた後、さらに指紋・声紋・網膜の記録を取らせて頂き、永久保管させて頂くことが条件となります」

「そうであっても、見学だけで終わりにしてもいいんですね?……」

ようやく会話ができるようになった田中は、すでにKから聞き及んでいたことであったが、確認した。

「はい。それは第十二条に記載してあります」

「なあに、わしも昔、見学させてもらった。その際、同じような手続きをしたが、どうってことなかったよ」

 緊張する田中を見て、和尚が言った。

「え? 和尚にも、ビジョンの潜在能力があるんですか?!」

「いいや。わしには超能力のカケラもあらんよ。Kさんにこの寺を利用してもらう関係で、一通り見学させてもらっただけじゃ」

「もし田中さんさえよければ、ロケーションへ向かいながら最終判断をして頂いても結構です。我々は今すぐ移動しなければならないことですし」躊躇する田中に急護員は迫った。

「わ、わかりました。で、では、道すがら考えます」

「それじゃ、田中さん。いってらっしゃい。戻ってくるまで荷物はちゃんと預かっておくからに、じっくり見学していらっしゃい。少ない機会じゃからのう」

「は、はい」

「なんじゃ。取って喰われるわけじゃないから、そんなに緊張しなくてもええ。単に科学実験を見学すると思えばいいだけじゃよ」

「で、では、まずは電波塔のほうへ……」

 

 虫歯予防相談会のアンケート集計を終えた翌日。スーパーへ買い物に向かう途中の西村は、先日の彼女とすれ違った。

 普段着で大きなレジ袋を両手に下げ、足早に戻ってくるところだった。まったく化粧せずともその若く美しい姿は目立ち、すれ違ってしまうことなく西村のほうから気づき、声を掛けた。

 彼女は目を伏せたまま軽く会釈したものの、立ち止まらずに棟のほうへいってしまった。西村は来週のダイエット相談会をアプローチすることができず瞬時惜しんだものの、スリムな後姿を眺めながら必要性のないことを痛感した。

<次章へ続く>

 
  あらすじ 

■サイトマップ

         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24   

25 26 27 28 29 30 31 32 33 


小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

フリーWebカレッジ 人道学科 開講記念小説「お砂糖」web小説  小説 フリー小説


●制作・著作:蒔苗昌彦

二次使用について

当サイトのコンテンツはすべて、パソコンのモニター画面上で閲覧する行為に限定し、公開しています。

それ以外の使用(印刷・配布・組織的利用・商業利用・転載等)については、電子メールにてお問い合わせ下さい。