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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【十三】

 大航海時代、甘藷(砂糖きび)の栽培地を開拓するためにも、西欧の強国は世界中へ進出していきました。

 

 一八八五年 英、露艦隊南下経路の要衝、朝鮮の巨文島を占拠。露を牽制。

 

 よりあいっこ、どしたばして?

(緊急集会、どうでしたか?)

 まんずまんず、みなして、やまこさいぐごとになたねー。

(とにかく、皆、山へ向うことになったわ)

 

「お仕事の復帰、おめでとう、ごっ君」

「ありがと、従姉さん」

「お祝いがのびてしまってご免なさいね」

「いいんだよ。まだ完治というわけじゃないし、通院の合い間にやってる程度だから。復帰と言われたんじゃあ、かえって気が引ける。毎日激務の従姉さんに比べたら、なおさらね」

「ともかく、ごっ君の復帰を祝って……」

「じゃ、俺はコーラでね。乾杯!」

「で、どうなの? コミュニティ紙のお仕事は?」

「技能的には楽ちんだよ」

「量的には?」

「量的にも、楽ちんだよ」

「では、何が大変なの?」

「ま、大変と言うとオーバーだが、スポンサーの賛同を得るのが、ちょっとね……」

「スポンサーって、広告主のこと?」

「ああ。見てみるかい? ほら、この通り……」

「あら、結構本格的な広告が出ているのねえ」

「ああ。 配布紙だからなおさら」

「一ワク、いくら?」

「一応、十万円ということになっている。あとは、営業マンと広告主の交渉次第で下がっていくというわけさ」

「で、広告主の賛同って?……」

「記事内容についてさ」

「え? コミュニティ紙でも、記事内容に注文がつくの?」

「ああ。ほら、たとえば、このシリーズ記事とかにね」

「この『コミコミ事件追跡レポート』に?」

「ああ。まあ、営業マン経由の注文だが、防犯についての記事はほどほどにしてくれとさ」

「あら、そうなの……。困ったものねえ。コミュニティ紙だからこそ、なおさら街の防犯情報に重点を置いてもらいところなのに……」

「そうなんだよ。コミュニティ紙だからこそ、こうした弱い立場の小さな事件を扱う必要があるのにね」

「で、今後、どうするの? このシリーズ……」

「スポンサーに見捨てられちゃ、すぐさま発刊停止に追い込まれちまう。だから、ちょっとトーンダウンして様子を見るさ。ま、当面は、一般論で防犯を語ることにするよ。警察の広報にでも指導を仰ぎながらね」

「よろしくお願いします」

「おっ、首相としてのお願いかい?」

「公人としてもさることながら、私人としても当然のお願いよ」

「ふむ。ま、通院しながら、頑張るさ。ところで、公人・私人と言えば、新墓地の案件、どう?」

「とてもデリケートな問題だから、そう強引には進められないけど。少しずつは……」

「そう。いやあ、病院にいた時には、暇な上、従姉さんと会える機会も少ないと思ったから、4141チャネルにかじりついたけれど。こうやって、ガキの時みたいに我が家で一緒に飯が食えるようになると、専門放送を見る時間はぐっと減っちまうもんだねえ」

「子供の時みたいだなんて。わたしがこの家から独立していったのは、三十歳も近くになってのことよ。大人になっても長い間、あなたのお母さんの手料理をおいしく頂いたことになるわ」

「『あなたのお母さん』だなんて、よそよそしいこと言わんでくれよ、従姉さん」

「あ、ご免なさい。訂正するわ。じゃ、私たちのお母さん、そしてお父さん。お仏壇に寄ってから、そろそろ公邸に帰るわね。明日も朝早くから、閣僚懇談会をすることになっているし」

「おう。また来週な」

 

 渡されたばかりのIDカードをスキャンさせ名前を告げると、ドアのロックが解除された。中に入ると幅二メートルもないスペースがあり、警備員がいた。そのボディチェックを受け、田中はモニター室に入った。いったん仕切り壁を過ぎてしまえば息が詰まるようなことはなかった。

 快く迎えてくれた研究員のSが、モニターの技師たちをすぐ紹介してくれた。全員、日本人だった。

「三人だけですか?」

 会釈をした後、Sと並んで折りたたみ椅子に座った田中は、Sの耳元で囁くようにして訊いた。

「ここにいる人数が少ないの、意外だったのでしょう? 管理委託国の協議委員たちは、センターでモニターしていますから」

「というと、ジュネーブの?」

「ええ」

「ところで、ここの名称、モニター室ということでしたが……」

 田中がさらに言いかけると、Sは笑顔で遮りながら、技師に遠慮せず説明した。

「肝心なKさんの姿がカメラでモニターされていない。なのにモニター室とは? 見学者なら誰もが最初に質問することです」

「……」

「もうKさんからビジョンのことは聞いていると思いますが……。あ、いや、失礼。田中さんも能力があるんでしたよね。とにかく、このモニター室とは、あくまでビジョン能力によって捉えられた視覚情報・音声情報のモニター室ということで、Kさんの姿を監視するわけじゃないのです」

「では……」

 そう言いかけた田中をSはまた笑顔で遮りながら説明した。

「では、Kさんの心身の状態は、どこで誰が管理するのか……。隔離室のコンテナの中が、二部屋に仕切られていて、片方の部屋に医療班や急護員が交替で詰めています。健康管理のほうは、そこで行ないます」

「そうですか……」

「もし田中さんが被験者になったら、いったいどんな状況に置かれてしまうのか。たしかに気になりますよねえー。だから、コンディション1になった時のKさんの様子、参考までに見たいという気持ち、よーく分かります。しかし、残念ながら、見学者には公開してません」

「……」

「不安かもしれませんが、まあ、一種のナルコレプシー、つまり本人の意思に関係なく突然、睡眠状態となってしまう状態。そして、時折、寝たまま全身を痙攣させる状態。だいたい、そんなふうに考えておいて下さい」

「はあ……」

「もっと簡単に言えば、猛烈な睡魔に襲われ寝入った上、夢でうなされて身体をビクリとさせる、そんな感じです」

「ええ……」

「なんにしても、そうなった時がコンディション1。その時、脳裏に現れる視覚情報・音声情報を、この部屋とジュネーブのセンターでモニターするわけです」

 技師たちも見学をされ解説をされるのにすっかり慣れているようで、大きな声でペラペラと話すSの声が気に障っていないどころか、背もたれのゆったりとした回転椅子をひょいと動かし振り返り、微笑んでみせる余裕すらあった。

 緊張がほぐれた田中は質問を続けた。Sはまるで友人と雑談でもするように、気さくな態度で応じた。

 

 初日は本格的なみぞれになってしまったが、二日目と三日目は再び春めいた陽気。先週の虫歯予防相談会を超える来場者数となった。

 こんどは、スタッフお手製のドーナッツを、コミ健の大会議室に持ち込んでのアンケート集計となった。先週の経験で手慣れたこともあったが、家庭のリビングで行なうのではなく、企業の会議室にも似た大部屋で行なうことで緊張感もあり、黙々と作業は進んだ。

 が、ケーキとお茶の時間はやはり別もので、雑談が飛び交った。

ひとしきり平凡な話題が過ぎた後、初日の出来事が誰からともなく浮上した。

「結局、あの人、美人ちゃんだったのよね……」

「ええ。わたしもそう思うわ」

「わたしも」

「西村さんは、どう思う?」

「ええ、たぶん……」

 後味の悪さは、まだ拭い去ることができていない。とはいえ、美人ちゃんに全員の視線が集まってしまったのも、来場者なしというあの時の状況からしてやむをえず、スタッフたちを責める気持ちもない。だからなおさら、自分の内側に閉じた返事の仕方となった。

 ともかく元来はオープンな人柄の西村。その西村の歯切れの悪さに気遣ったスタッフたちは、残りの作業へと移っていった。

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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