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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【十八】

 砂糖商人の中には、同じ国の王様さえ驚くほどの財をなした人もいたそうです。

 

 一九〇四年 日露戦争。双方、清国内でそれぞれ地元民を自軍に徴用し展開。

       それに反発し抗日、抗露のゲリラ活動発生。

 

 いげなきゃ、いげねきゃ……

(歩けないよう、歩けないよう……)

 おねえちゃ、しょってやるはんで、ながねながね!

(おねえちゃんがおんぶしてあげるから、ほら泣かないで!)

 

「よう。やっちゃん、頑張ってるかい?」

「あ、木鋳字部長……」

「おいおい。部長職はとっくに譲ったんだからさ。いい加減やめてくれよ。それとも何かの皮肉かい?」

「そんなあ、ただ昔の癖が抜けないだけですよ。で、コミュニティ紙のほう、順調に立ち上がったんですって? 獄先輩」

「ああ。おかげさんで……」

「次々現れては消えていく大変な業界なのに、毎週発刊するんだからスゴいですね」

「本家本元の紙名を、サブタイトルに流用させてもらってるから。名刺にさえね。読者も広告主も、子会社が製作しているって感じがしないんじゃないの。本紙の営業マンも全面支援してくれているし」

「いやあ、本紙の部数低下に少しでも歯止めを掛ける対策として始めた事業でもあるわけだから、当然のことですよ」

「ま、そう言ってもらえると、俺もやりやすいけどね。それより、やっちゃんの記事、よかったじゃん」

「え? どの記事のことですか?」

「ほら、中台関係のシリーズの……」

「あ、あれですね」

「中国に留学したことがある人間ならではだねえ……。えらく堀り下げてあった感だった。だから、『第三者としては当面の心配は不要、静観すべし』という結論も、実に納得できたよ」

「ありがとうございます」

「俺は、てっきりミサイル演習の取材だけで、出張したと思い込んでたよ。それがあれだけがっちりしたシリーズになろうとは」

「『実際に発行されるまでは、不用意に構想を明かすな。たとえ社内であろうとも……』獄先輩が教育してくれたことを実践したまでですよ」

「そう? 俺、そんなこと言ってたっけ?」

「また、おとぼけを。それに、弊紙は、軍事専門紙じゃないから、経済交流の状況も含めて総合的に考察しなければ……。これも獄先輩の教育ですがね」

「ああ、そっちは言ったのを覚えている。というか、全国紙やブロック紙として当然のことというか……。なんにしても、論説調の語り口、一層の迫力が出てきたぜ。主観主義の責任報道スタイル、エールを贈るさ」

「それも先輩の教育じゃないですか……」

「そう? そうだっけ? いやあ、あの語り口は、やっちゃんならではと思うよ」

「ありがとうございます。ところで、体力の回復状況は?」

「ぼちぼちといったとこさ」

「通院は?」

「週に一回、点滴しに行ってるよ」

「じゃ、紙面作りも併せ、大変じゃないですか……」

「なあーに、日刊紙出しているわけじゃないのだから」

「そうは言っても……」

「いやいや、土日もなく毎日発行する苦労に比べりゃ、リゾート暮らしのようなもんだぜ」

「そうですかあ?」

「ああ。病院も便利な位置にあるし。しょっちゅう通っていれば、入院中世話になった天使の姿を見かける機会もあろうってもんだしな」

「天使?……」

「あれ? この前、言わなかったっけ?」

「いいえ」

「そう。実は、白衣の天使で可愛い子がいるんだよ」

「あ、看護婦さんのことか……。なんだかんだ言いながら、先輩もまだ若い若い。その調子なら、回復、期待できますね。色んな面で」

「いやあ、油っけが抜けちまって、あっちのほうはもう期待できないよ」

「なんのなんの」

「いや、ほんとほんと。長い間の病院食に慣れちまって以降、退院してからも脂っこい物が喉を通らなくなってさ。今となっちゃ、色んな面で聖人なみだぜ。なんせ、酒もダメになっちまったぜ」

「うーむ、社一番の酒飲みだったのにねえ……」

「今じゃ、大のコーラ飲みさ」

「へえーっ」

「いやあ、ビール代わりの炭酸飲料といっちゃなんだが、飲み慣れれば美味いものだぜ」

「まあ、そうですけどね。実際、アメリカじゃ、禁酒法の時代には、オープンなパーティの会場では、ビールどころかシャンパンも、コーラなどのサイダー類で代用したようなものですからね」

「なんだ、やっちゃんの世代にしちゃ、禁酒法だなんて、ずいぶん古い例を引き合いに出したりして」

「そんなことないですよ。今でも歴史の授業で、禁酒法、ちゃんと習うはずです」

「そう? ふーん」

「もっとも、これに伴って、砂糖の供給と原材料の確保にますます迫られたとの観方は、学校教育ではなかなか……」

「そうだろうな。学校の先生が、国際政治的なうがった見解を示すわけにもいかんだろうしね」

「まあ、『資源を求めて進出』という抽象的表現で、何も石油という資源だけを特定しているわけでもないし。また、『進出』という行為が、何も軍国主義国家だけの行為として特定されているわけでもない。この辺り、先生が子供たちへ上手く解説していると、期待したいものですねえ」

「ああ。そうだね」

「そのためには、我々ジャーナリストも、石油ばかりが国際紛争の原因かのような誤解を与える言い回しは慎まなければならないが……」

「そりゃ、そうだ。石油以外の原因で紛争している地域は沢山あるのに、そこへの関心や支援が薄らいでは、可哀想だからね」

「国連も、話題に昇らず陽も当たらない地域への関心を高めようと頑張っているようですが、なかなか大変なようで……。まあ、次のシリーズでは、その辺りの国連活動にスポットを当てますよ」

「ほんじゃ、またすぐ海外出張?」

「ええ」

「頑張ってちょ。成功を祈って、コーラで乾杯しておくさ」

「ありがとうございます。でも、糖分の取り過ぎということにならないようにね」

「なあーに。俺の場合には、大丈夫さ」

「ほんとう?」

「一応、主治医に確認したけど、何もコーラに限らず、一日の摂取カロリーの総量が、異常なまでに過剰でなければね」

「糖尿病の心配は?」

「主治医が言うにゃ、先天的に膵臓が弱い人間は、気をつけなければダメだそうだが、では先天的に膵臓が弱いかどうか、糖尿病が発症していない段階で掴めるのかと言えばそれは難しく、せいぜい親とかご先祖さんの病歴から心掛けるしかないそうだよ」

「ふーん、で、先輩の家系では?」

「癌はいるが、糖尿病は全くいないよ。どうやら膵臓が強い家系みたいだね」

「いやあ、先輩のようなジャーナリストや、首相まで送り出しているのから、心臓も強い家系でしょうよ」

「ともかく、俺は糖尿病じゃないから、砂糖の入ったコーラを飲もうと紅茶を飲もうと、一日の総カロリーさえ異常でけりゃ、大丈夫ということさ。極端な話、羊羹を何本食っても、死にはせんということよ」

「えっ? コーラだけじゃなく、羊羹まで沢山食べるようになったのですか?」

「いや、あくまで例えさ」

「なんだ、びっくりした」

「それにさあ、これまた主治医の言うにゃ、摂取総カロリーに気を使うのなら、よほど脂肪のほうがカロリーでかいから、そういった食い物の制限を優先したほうがいいとさ」

「そうなんですかあ……。糖尿というから、砂糖が一番悪いのかとばかり思ってましたよ」

「たしかに言葉の響きとしては、砂糖が原因で病気になるような感じはしてしまうわな。素人が誤解しやすい点かもね」

「そうですねえ」

「血液検査をまめにやって、血糖値に異常がないかどうか確認しておくこった」

「なんだか先輩、保健の先生みたいですねえ」

「まあね。保健婦さんと付き合い始めたことだし……」

「え? 通院先の?」

「いやいや、そっちは看護婦さん」

「そうか。ということは、あっちやこっちで……」

「おいおい、あっちやこっちだなんて、人聞き悪いぜ。ともかく、油っけが抜けちまったから、いたって関係は清らかなもんよ。だいたい、保健婦さんのほうは、地域の健康作りについて寄稿してもらう件でのお付き合いだし……」

「なるほど、そういうことでしたか。失礼」

「実にしっかりしていて、また活発な保健婦さんで、保健相談所、いや違った。健康相談センターの所長さんで、今後、色々と情報発信してもらおうと思ってね」

「コミュニティ紙ならでは、という感じで、とてもいいじゃないですか……。頑張って下さい」

「ああ。やっちゃんのほうも、日刊紙、頑張ってちょ」

 

 コンディション1はいよいよ安定し、それに伴いモニターの画像も安定した。よく喋ってきた研究員のSは、黙って画像を観るようになった。

 しかし、単なる見学者の田中にとっては、ただ、窓もない部屋が写っているだけの画像。退屈となった。

 技師のほうはと言えば、あいかわらず淡々と状況に応じていた。

 

「じゃ、西村さんが、ここ専門の担当ということで……」

高橋は玄関ホールに響き渡るほど大きな声で指示をした。コミ健に入ってすぐ、来場する人たちを真正面から出迎える位置におかれた受付テーブルに、西村が一人で座るよう、仕組んだのである。

 折りたたみ式の横長テーブルで、ゆうに二人掛けることができ、詰めれば三人すら可能。が、イスも、西村用に一つだけとした。複数のイスが置いてあると、いくら事前に西村だけが受付すると決めておいても、他のスタッフが何気なく、横に座ってしまう可能性がある。高橋は、そのようなタイミングに限って、美人ちゃんが来てしまうことを恐れたのだ。

とにかく、高橋の勘では、彼女は必ず来る。急な開催ではあるものの、ずばり「育児相談会」と銘打ち、それも連日開催ではなく今日一日限りの開催としただけに、彼女は必ず来る。

 しかし、今度までもが、スタッフたちの視線が集まるような事態となれば、彼女との接点づくりの機会は永久に失われてしまうと思い、高橋は自らスタッフの配置までをも細かく指示したのである。

 とはいえ、他のスタッフたちが過剰に意識してしまってはまずい。そのため、今回の育児相談会を、美人ちゃんとの接点づくりだけ目的に行うことは、高橋と西村の二人だけの秘密だ。

 急きょ一日だけ開催するという不自然さについては、「育児をテーマに一度だけ試験実施してみてくれ」との依頼が上位機関からあったとの理由にて、取り繕った。が、これは全くの嘘というわけでもなく、実際、高橋の大先輩が常務理事に就任した保健衛生関連の財団法人からも、つい先日、情報収集の相談があった。二一世紀も十五年過ぎようというのに幼児虐待がまたもや社会問題として急浮上したため、人口が過密な地域と過疎な地域の現状をそれぞれ掴み、比較研究したいそうなのだ。それだけに、他のスタッフたちに対する説得力はむしろ高まった。

「では、他の皆さんも、各持ち場、よろしくお願いします。わたしは、事務室の中で待機しますので」

 一人で座る西村をいっそう浮き立たせるため、前回や前々回と異なり玄関ホールは受付のみとし、相談会場は大会議室・中会議室・小会議室・応接室へと分散させた高橋は、他のスタッフたちへ、くどいほど指示をした。

 これにて、予想どおり美人ちゃんが来館さえすれば、西村と会話できる。カウンター越しに玄関ホールが見通せる事務室へと自らの身も隠した高橋所長は、確信した。

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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