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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【十九】

 産業革命下のイギリスにて工場労働者の朝食に供給され始めたことも要因となり、砂糖の生産量は急速に増大しました。

 

 a

 一九〇五年 日を支持しながらもその過度な優勢を懸念した米の仲介により、

       ポーツマス和平条約。日露戦争終結。

 

 b

 うでっこ、まねぐなてるんに、あぎごばさあ、どへえしばの。

(腕の具合があるのに、昭子のこと、すみません)

 わのごどいいね。おぐさんばや、しんちゃもリュックも……

(大丈夫です。奥様こそ、進ちゃんもリュックも……)

 

(木鋳寺 内閣総理大臣……)

 お! チャンネルつけたら、ちょうど従姉さんの番が映ってらあ。

「そう戦犯、戦犯と何度もおっしゃる以上は、お答えする前にいくつか確認させて下さい。まず、戦犯を決めたのは日本政府ですか?」

(○×○夫君……)

「違うに決まってるじゃないですか! 国会をしているのであって歴史の授業をしているのではないのだから、そういった質問を返すのは止めて下さい、総理」

(内閣総理大臣……)

「いや、前提を確認できない以上、私としても答えようがありません。さらに確認させて頂きますよ、いいですか」

 お! 従姉さんの「いいですか」節が出たぞ! これが出たら、もう従姉さんは後に引きやしない。徹底的に相手をやりこめるぞ。こりゃ、再放送とはいえ、みものだな。

「戦犯を決めたのが日本政府でないということは確認できました。では、政府が決めないまでも、誰か日本人が決めたのですか?」

(○×○夫君……)

「日本人が指名したり決定したりするわけないじゃないですか。GHQのマッカーサーと国際軍事法廷の権限でしょ。なんでそんな常識的なこと言うのですか!」

(総理大臣……)

「常識的といいますが、戦後七十年も経ち、認知率はさらに落ちているかもしれませんよね? だから、ちゃんと確認させて頂きます。とにかく、あなたも今ご自身でおっしゃったように、戦犯とはいえ、日本政府や日本人が指名したわけでもないし決定したわけでもない。つまり日本という国家や国民の意志とは別に、戦犯が決められたわけです。いいですか? この前提で」

(○×○夫君……)

「日本の意志と関係ないとは、総理は、あの凄惨な戦争に関して、日本の国家や国民に対する責任が、彼らになかったとでもいうのですか?」

(木鋳寺総理大臣……)

「もちろん、彼らには責任はあります」

(○×○夫君……)

「ならば、戦争犯罪者として裁かれて当然でしょう」

(総理大臣……)

「なるほど、あなたと議論が噛み合ない理由が分かってきました。あなたは、『戦争責任』と『戦争犯罪』を同じに扱っていらっしゃってはいませんか? 『戦争責任』は、戦争の遂行に何らかの権限を持った者ならば、全員が大なり小なりある。しかし、国際軍事法廷が裁いた『戦争犯罪』とは、戦争という行為そのものではなく、戦争によって発生した犯罪のこと。この前提でいいですか?」

(○×○夫君……)

「いいですかも何も、今のお話からすると、総理は戦争に賛成しているのですか?」

(総理大臣……)

「私がいつ『戦争に賛成』という言葉を述べましたか? 国会という厳粛な場で、捏造するのはやめて下さい。私が言っているのは、いいですか、もう一度確認しますよ、『戦争犯罪』という言葉は、『戦争責任』という言葉と同義ではない。文字通り、戦争による犯罪のことをさす」

(○×○夫君……)

「何も総理からそうした授業を受けるために、ここにいるわけではない。が、まあいいでしょう。『戦争犯罪』と『戦争責任』は異なること、了解しました。じゃあ、こちらこそこれを前提に、一つ確認させて頂きますが、戦犯として処刑された人たちには『戦争責任』はあったのですか・なかったのですか? yesかno、どちらかでお答え下さい」

(総理大臣……)

「当然、彼らには戦争責任はある。yesです」

(○×○夫君……)

「では、彼らの戦争責任は重いものでしたか・軽いものでしたか?」

(総理大臣……)

「戦争に関する権限が大きい立場にいたから、極めて重い」

(○×○夫君……)

「それだけ重い責任があった人、かつ、日本国家の意志ではないにせよ戦争犯罪者とされた人を、新墓地のリストに載せることは、平和への冒涜じゃありませんか?」

(総理大臣……)

「新墓地の構想書をよく見て下さいよ。いいですか。あくまでも戦争を忘れずに覚えておこうとするのが目的で、名称も戦争記念墓地。である以上は、戦争のために亡くなった人たち全員、もれなくリストに載せるべきです」

(○×○夫君……)

「ともかく、戦死した人と、戦犯と処刑された人を同じ墓地の対象とするのはおかしい。そうは思いませんか?」

(総理大臣……)

「では、また確認をさせてもらいますが、戦犯は、国際軍事法廷による審理の結果、正式に有罪となりましたよね」

(○×○夫君……)

「有罪になりましたよ。だからこそ、私は戦犯だと断じているわけです」

(総理大臣……)

「で、有罪の結果、処刑されましたよね」

(○×○夫君……)

「有罪なんだから、刑があって当然じゃないですか、それで?」

(総理大臣……)

「刑が執行された以上は、それ以降の罪が消えますよね。つまり、彼らは命をもって、罪を帳消しにしたわけですよね」

(○×○夫君……)

「帳消し? とんでもない、消えやしない。永遠に覚えておく必要がある。何を言ってるんだ総理は!」

(総理大臣……)

「ほら、あなたも今、永遠に覚えておく必要があるとおっしゃった。だから、新墓地の対象とするのですよ」

(○×○夫君……)

「ともかく、犯罪者なんだから、扱いは別だ!」

(総理大臣……)

「では何のための刑ですか? 刑とは罪を消すための行為でしょう? 実際、あなたの党に所属した議員で、たとえば先日も、公職選挙法違反の刑期を終えた人がいるじゃないですか。その人は、刑期を終えた今でも、引き続きその罪を問われているのですか? 次回を禊ぎ選挙として出馬するという記者会見を、テレビで見ましたよ。刑が済んでも罪が帳消しにならないと主張するのなら、その人をあなたの党は公認しないで下さいね」

(○×○夫君……)

「そ、そんなのは、詭弁だ!」

(総理大臣……)

「詭弁じゃありませんよ。発言は撤回して下さい。刑が済んだら罪が消えるとの考え方は、法に基づくものです」

(○×○夫君……)

「それは日本という国家においての法ではそうだかもしれんが、だいたい国際法なんていうのは、あってないようなもんで」

(総理大臣……)

「あの国際軍事法廷は国際法を前提にして行われたのですよ。それが戦犯の有罪を決めたのだから、国際法はあってないようなものだと主張することは、戦犯もあってないようなものだと言っているのと同じ。にもかかわらず同時に、戦犯は新墓地の対象から外せというのは、矛盾していますよ」

(○×○夫君……)

「き、詭弁だ! 詭弁だ!」

 あ、やっぱり従姉さんが押し切った。高校の弁論大会で三年連続優勝しただけのことはあるというわけだ。

 が、それにしても野党の先生、新墓地というネーミングの妙、ちっとも分かっていないようだな。ともかく、それは平和記念墓地でもなく、戦死者記念墓地でも戦没者記念墓地でもない。従姉さんの構想は、あくまでも「戦争記念墓地」なのだ。

 

「えー……」

田中の遠慮も限界に達し、モニターに見入っている研究員のSに投げかけた。

「あ、ごめんなさい。説明を止めてしまって。ようやく取引現場の地下室をビジョンで捉えたので、つい、集中してしまいました。退屈させてしまいましたよね」

「あ、いいえ……」

「いいんですよ、遠慮なされなくて。たしかに、退屈ですよね、単なる部屋のコマ切れ画像が映っているだけなのだから」

「え、まあ……」

「でも、今、当局が全力で追っている児童売買。その中でも最も大規模な取引が行われているのが、この部屋のはず。映っているのは二年前の様子ですが、以前から出入りしてきた業者たちの特徴を入念に捉えておこうというわけです。近々行われる国際的な逮捕作戦の正確さを期すためにね」

「そうですか……」

「あ、ほら、今、やっと誰か人が映りました!」

 

「一歩、前進したわ」

 高橋所長は西村をねぎらった。

 急きょ実施した育児相談会。開始早々、あの美人ちゃんが来場したのである。

快晴の午前。吹き抜けでガラスばりのホールは広々と明るく、玄関入ってすぐの受付には西村だけ。高橋の狙い通り、美人ちゃんは話し掛けることができ、西村も応じることができ。短いながらも初めて、会話らしい会話が成立した。

 二人の接点づくりだけが今回の目的でそれは達成されたが、他のスタッフに引き続き隠したまま。だから、相談会を早く切り上げてしまうわけにはいかない。美人ちゃんが帰った後も来場者が続いた。高橋は、他のスタッフへ受付の交代を指示し、事務室の片隅にある打ち合わせテーブルで西村の報告を聞いた。

 高橋の直感通り、美人ちゃんには育児上の悩みがあるようだ。先々週の虫歯予防相談会で「砂糖は虫歯の原因となりますか?」と訊いてきたのも、美人ちゃん自身のことではなく子供の虫歯について、と確認できた。

 しかし、彼女は完全に打ち解けたわけではなく、多くは語らなかった。そこで西村は携帯電話の番号を紙に書いて渡し、今度はどこか外で話そうと誘った。そして、かろうじて彼女の苗字だけ尋ね、記憶に留めた。

「住所や電話を尋ねたり、アンケート用紙の記入をお願いしなかったのは、正しかったでしょう。今の段階では、わずかでも強要されていると感じたら、さっと引いてしまうかもしれないから」

 相手の微妙な表情をくみながらの対応を褒めた後、高橋は、今後の対応について入念に打ち合わせをした。

 

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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