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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【二十一】

 甘藷畑一色となってしまった地域では、他の産業が育つ余地がありませんでした。

 

 一九〇八年 高平・ロート協定。中国における日米の権益を相互に認め合う。

       一七年のランシング・石井協定でも類似行為。

 

 しんちゃ! しんちゃ!

(進ちゃん! 進ちゃん!)

 だでもいいはんで、みずこけへえ、みずこを!

(どなたか、水、分けてください! お水を!)

 

「あ! 獄さん」

「おう! 会えそうで、なかなか会えないもんだね。元気かい?」

「ええ。もちろんよ。医者の不養生じゃないけど、看護婦の不養生ではね。それより、獄さんのほうは?」

「なんだ。意外と情報、伝わっていないんだな」

「ええ。私は入院棟の専任だから。で、具合は?」

「まあ、調子よかったり悪かったり、五分五分って言ったとこかな。そのうち、また世話になるかもよ」

「そんな! きっと完治するから、大丈夫よ。気を強くして!」

「ありがと。それにしても、その服、似合うじゃん。白衣じゃなくても綺麗だぜ」

「あら、そう? ありがとう、獄さん」

「デートかい?」

「ひ み つ。でも、夜勤明けで明日から二連休だから、羽をのばすの」

「ほんじゃ、次の機会には、俺が付き合ってやるからよ」

「いいわよ。でも、ちゃんと治した後にね」

「おっ! そういうことなら、通院、手を抜かないようにしなくちゃな。約束だぜ」

「はーい! じゃね」

 ふむ。あの軽やかな後姿。やはりどうみてもデートだな。幸せを祈るぜ。さあて、俺のほうは点滴だ。

 

「ところで、捜査の優先順位をつけるにあたって、何か基準はあるのですか?」

眠気の峠を通り越した田中は、研究員Sに話し掛けた。

「さきほども説明したように、最新の捜査状況に応じて、その都度決めるのですが、特に具体的な基準としては……。しかし、そもそもこのプロジェクトは技術面でも資金面でも国際的なので、一つの国の中だけの犯罪は対象としてません。国を超えて行なわれている凶悪犯罪が対象となります。いや、もちろん、超能力者が沢山確保できれば、ビジョン投射ができる総時間が増えるので話は別ですが、なにしろ、実用稼動できている人は少ないので」

「うーむ。じゃあ、一応は、『国際的犯罪に限る』というのが第一の基準ということになりますね」

「ええ。我々はそのように明文化していませんが……」

「とすると、次は『凶悪犯罪』の定義ですね。これについて何か見解は?」

「それもその言葉以上には明文化されていませんが、実績ベースで言えば、弱い人だけが一方的に受難をするようなタイプの犯罪……と言えますね」

「だから、今回、児童売買に関する捜査なのですね」

「ええ。逆に、たとえ国際的であっても、弱い人が被害者ではない犯罪は、捜査実績がありません」

「え? 弱い人が被害者ではない犯罪というと、具体的には?」

「たとえば麻薬売買の縄張り争いに伴う殺しとか」

「なるほど」

「いや、もちろんこうしたのだって殺人事件には違いないから、超能力者が沢山確保できれば、いずれ捜査対象になることでしょう。しかし、児童売買と、麻薬売人どうしの殺し合いを比べ優先順位をつければ、いくら後者が殺人罪であるとはいえ……」

「たしかにそうですね。あくまで、本来救われるべき人がいる犯罪に捜査を優先するわけか……。あ、じゃ、無差別テロは?」

「それについては、毎回のように会議でモメるのですが、捜査実績ベースでは、まだゼロです」

「モメるというと?」

「このプロジェクトの管理委託国は日米露中の四ヶ国だし、欧州も巨額の資金提供をしているので、それだけにテロ事件捜査を優先して欲しいとの声はかなり大きいものがあります。しかし、児童が一方的に受難するという人身売買と比べれば、やはりこちらの方を優先しようとなるのです。ともかく基準はありませんが、弱者救済のほうへ結論は流れていくわけです」

「でも、無差別テロでは、よく児童が巻き込まれますよねえ」

「ええ。その通りです。しかし、児童売買では、児童が大人の巻き添えをくらうのではなく、大人が児童を食い物にしているのです。被害に合う児童一人ひとりにしてみれば、どちらも最悪で恐怖の出来事ですが……。捜査する我々としては、ビジョン投射の時間が有限なため、やはりどうしても、こうした選択をすることになる」

「うーむ」

「それに、無差別テロのほうは、どんな国家もそこの主力捜査機関や軍をあげて大捜査しますし、またマスコミも大々的に報道する。語弊はありますが、いわば照明が当たる犯罪です。しかし、児童売買はどれだけ照明が当たるでしょうか? 被害者の総数を比較するのはとても嫌なことですが、行方不明となってしまった児童の数は、テロに巻き込まれた児童の死者よりもずっと多い。なにしろ、或る発展途上国では年間1万人以上と推計されますからね」

「そんなに?」

「ええ。たった一国、たった一年間で……」

「うーむ。その国の治安の悪さゆえ、それだけの規模となるのでしょうかねえ」

「その側面もあるでしょうが、著しい経済格差が解消されない限り、凄惨な出来事は続くことでしょう。もっとも、経済大国であっても数こそ減少しているものの発生は続いていると推定しています」

「経済大国であっても、被害者総数を明確に断定できないのですか?」

「ええ。人身売買以外の行方不明も混在していますので……」

「大国だけで混在しているのですか?」

「いいえ。発展途上国でも混在しているでしょう。だからこそ、売買目的の誘拐をあぶりだし、包囲網を固めていこうというわけです」

「うーむ……」

 

「そうだったの。お子さんが砂糖を欲しがって、手を焼いているわけなのね」

「ええ。ハンバーガー店で叱っているのを見かけた時も、コーヒーに付いていたスティックシュガーを……」

「で、毎日、どのぐらいの量、欲しがるのかしら?」

「また明日会う約束をしましたので、そのあたり詳しく訊いてみます」

「そうね、とにかく一気にたくさん訊くのは良くないから……。西村さんには特別な負荷を掛けてしまいますが、辛抱強くお願いします」

 

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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