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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【二十二】

 甘藷栽培の入植地で、初めて独立を果たした国はハイチですが、二一世紀になっても経済状態がよくありません。

 

 一九一〇年 日韓併合。

 

 おぐさん、いねぐなてしまうんで、いぐべしゃー!

(奥様、遅れてしまいます。行きましょう!)

 なんぼなんでも、あなこさいれでやねばあーっ!

(せめて、埋めるぐらいは! 埋めるぐらいわあーっ!)

 

「こんちは!獄先輩!」

「おう、やっちゃん! 忙しいのに、わざわざ寄ってくれなくてもいいのに」

「あれ、お言葉じゃない。この前、先輩が何かのついでに立ち寄ってくれというから、来たんじゃないすかあ」

「あ、そんなこと言ったっけ?悪い悪い。ほんじゃ、改めまして、ようこそお越し下さいまして」

「なかなか、いいオフィスですね」

「これでも立派な支局だぜ。城東北エリアのな」

「まあ、本紙であっても、地方の一人支局は同じぐらいの広さですものね」

「でも、事前に電話をくれなかったのに、グッドタイミングだったね。コミュニティ紙とはいえ、当然、足で稼ぐ記者稼業だ。外出している時のほうが圧倒的に多いからね」

「ここの沿線に取材先があったので、ついでに立ち寄ってみた次第です」

「ダメもと、というわけか」

「ええ。で、同じく、ダメもとかもしれませんが、お願いしたいことが……」

「なんだ。水臭い言い回しだなあ……。あ? もしかして従姉さんへの口利きかい?」

「ええ」

「内容次第だが、従姉さんも、最近の記事傾向、そう悪くは感じていないようだから、可能かもよ。特に、アジア外交の積極性を評価している辺り、気に入っているみたいだし」

「いやあー、全国紙でないにもかかわらず、首相に認知してもらっているとは、それだけでも光栄ですねえ」

「ほんで、具体的には?」

「ここのところ、ずっと野党とやりあっていることで……」

「というと、防衛問題? それとも消費税率? 年金?」

「いや、新墓地構想のことで……」

「ああ、その対象者リストのことか。たしかにやりあっているようだが、それだけに焦点を当てた記事を組みたいわけ? 新聞発行者側にしてみれば、ちょっと地味ないんじゃない? 月刊誌ならばともかく、日刊紙としちゃ目新しい課題でもないし」

「そうかもしれませんが、ほら、この前、中台の緊張問題で出張してきたじゃないですか……」

「そうだったね。でも、ミサイル艦の中ですら、取材歓迎ムードだったんでしょ?」

「ええ。しかし、艦内の将校食堂で懇親会した際に、これだけは痛切に感じされられましてね」

「なに、非難されたの?」

「逆ですよ。絶賛されました」

「ふむ……。やはり、『戦争記念』というネーミングの妙が、効果あったんだな」

「そうですね。まあ、彼らも、わざわざメモリアルという英語まで併用して、戦争をいつまでも記憶しておこうとする趣旨を評価してましたからね」

「いやあ、『記する』『念ずる』という二重の言い回しだけでも、充分、いつまでも覚えていようとする意志を表現できているさ」

「そうですね」

「ただ、それでも気になるのは、戦犯処刑者もリストに載せるという従姉さんの硬い意志を分かっての賛同かという点だが……」

「政教分離に徹した上での新設墓地であることは、彼らもよく理解していることですし」

「まあ、憲法の上で当然なんだから、言うまでもないことなんだろうが」

「宗教を特定しない墓地にリストが残されるならば、それはいわばニュートラル状態。彼らは努めてそう解釈をしていました」

「そうでも解釈しければ、彼らとしても切りがないからな。妥協するなという国内の非難もあるようだが、国際政治に妥協がなけりゃ、最後は戦争をおっぱじめるハメになっちまう。かえって、彼らのほうが現実的というわけか」

「いまだに、アメリカと互いに核ミサイルを向き合わせている上、お隣りのロシアやインドも核保有しているのだから、いくら経済発展が著しいとはいえ、現実性を失なうことはないでしょうよ」

「ま、失ってもらっては困るとも言えるがな」

「そうですね。なんにしても、核戦争は勘弁ですものね」

 

 あいかわらずモニターにはモノクロームのコマ切れ画像。だが、研究員Sと突っ込んだ会話になってから田中の神経も高ぶり、徹夜明けなのに眠気はささなかった。

「さっきから画像に捉えている人たち、何食わぬ顔をしているというか、その辺の凡人風というか……」

「いやあ、だからなおさら怖いのですよ。ともかく、取引をしている時以外は、普通の人。ま、多少は贅沢な暮らしをしてるんでしょうが、地味に振舞う術も持っていますし。ともかく、一般の市民生活、一般の経済活動に上手く紛れ込んでしまうかだけに、捜査も難航するわけです」

「それにしても、年齢からして自分自身にも可愛い盛りの子供だっているだろうし。罪意識に苛まされないのかなあ」

「彼らにとっては単なる打ち合わせという意識しかないでしょうし、ましてや彼らは誘拐の実行犯でもない。運搬や受け渡しの現場担当者でもない。おそらく、取引されている児童の姿など、写真すら観たことがないと思いますよ」

「要は、単なる事務屋なんだな。帳簿上の数値しか見ていないから、罪意識が薄くて済むということかあ……」

「役割分担がやけに細かく、そのため自分の役割に専念していれば深く考えずに済み、ストレスも軽いということなのでしょう。ほら、今、映っている男。奴は、洗浄し終わった資金を、低リスク低リターンの投資型金融ビジネスにつなぐ専門家です。外見は、上品な国際ビジネスマンという感じでしょう? 来ているスーツからしても……」

「で、向かい合っている相手は?」

「洗浄し終わった資金を、念のため、さらにもう一度、別の国に移してから戻す際の、為替リスク回避の専門家です」

「洗浄し終わってもさらに?!」

「出所が悪い金は、いつまでも経っても出所が悪い金ですから。もっとも、捜査当局が追求を諦めていないルートに限っての話ですけどね」

「うーむ」

「完璧に洗浄できる金はありえないとも言えますが、じゃあ、捜査するほうだって、一つの資金の流れだけを無限に追っていくというわけにもいかないので、どこかの時点で区切らざるをえず……。いわば粘り強さの競い合いをしているわけです」

「しかし、ビジョン能力者が増員できれば、状況は変わる……」

「まさに! だから、田中さんも前向きに検討して下さいね」

 

「そうなの。ご主人がそんなに重傷だったとは……。それじゃ、なおさら子供の世話が負担だわねえ」

「入院先が駅前の労災病院なので、看病に通うのに時間が掛からないだけまだまし、と彼女は言ってましたけど」

「そう……。自分が置かれている状況を客観的に見るゆとり、なくもないのね。じゃ、砂糖を含めて、お子さんのカロリー摂取量を把握することも可能だわね」

「ええ。でも、所長。彼女の心配は、どうやら量の問題ではないようなのです。まだ確信はありませんが、昨日、今日、話した印象からして……」

「お子さんは砂糖を過剰に摂取しているわけじゃない、ということ?」

「ええ、たぶん」

「じゃ、彼女としては、どんな点が気になっているのかしら?」

「今日、一点だけつかめたのですが、砂糖を直接舐めたがるのが、気になっているようです」

「直接?」

「ええ。砂糖が入っているお菓子や清涼飲料水を欲しがるのなら分かるけど、そのまま舐めたがるとは。普通の子供は、そんなことしないはず、と……」

「うーん、そうも言い切れないのでは……。わたしも子供の時、母の目を盗んでお砂糖を舐めてみたこと、思い出したわ」

「そうですか」

「やはり、毎日摂取する量が、脂質とかも含めてカロリーオーバーとなっていないか。とりあえずそれを確認すべきね。若い世代の母親であることだし、洋食や外食に偏っているとか、心配でもあるし」

「ご主人の労災のあと、収入が減っているらしいので、外食は控えめだとは思うのですが」

「なるほど! さすが西村さん。私のほうが見落としてしまったわ。ご免なさい」

「いいえ。それに、今のところ、上京したご主人のお母さんが御飯を作って下さっているようなので、洋食に偏っていることはないと思うのですが……」

「うーん…… 僅かならも砂糖を直接舐めたがる……。はたして、それだけで問題なのかしら。いいえ、言い間違えた。問題はそれだけなのかしら?……」

「わたしも所長に同感です。さらに何か掴むよう、接触してみますね」

「大変でしょうけど、よろしくお願いします」

 

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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