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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【二十三】

 奴隷貿易が衰えた後は、アジアからの移民が低賃金で甘藷の生産を支えました。

 

 一九一二年 清、滅亡。中華民国建国。が、以後、軍閥割拠。

       列強国による権益狙いの支持もあり、内戦多発。

 

 おねちゃ、アパとしんちゃ、どごさいったべ?

(おねえちゃん。お母さんと進ちゃんは?)

 おぎだがあ、あぎごちゃ。ふたりばさあ、あるぎにいったね。

(起きたの?昭子ちゃん。二人は遠足に行ったわ)

 

「来週は欧州で会議なので、来れないと思うわ」

「おう。わかった。気をつけて行ってきてね」

「警備は格段に強化したから、大丈夫よ」

「そろそろ公邸に戻るかい?」

「そうね。でも、最後に、お茶、頂いていくわ。ここで飲むお茶、気持ちが安らぐから」

「俺たちが育った家なんだから、当然さ。従姉さんの好きな茶碗も残っているし。何個か、公邸に持っていきゃあいいのによ。で、お茶は何にする。たまには、俺が入れてやるよ。日本茶?紅茶?それともコーヒー?」

「紅茶にして」

「おう。じゃ、お湯を沸騰させなくちゃ。ぐらぐらに沸いたままの湯を景気よくティーポットにゴボゴボッとぶちこむのが、コツだからね」

「お酒ばかり飲んでいた時と違って、お茶の味にもこだわるようになったのね」

「まあね。で、砂糖とミルクは?」

「どうしようかな……。一口味見してから決めるわ」

「だめだめ。砂糖とミルクを入れる場合には、濃いめにするんだから。砂時計の目盛りを見ながら、タイミング取るんだ」

「あら、そこまで凝るようになったの? 変われば変わるものねえ」

「まあね。で、砂糖とミルク、どうする?」

「えー、じゃあ、お砂糖だけ入れるわ」

「おやま、従姉さんが紅茶に砂糖?」

「あら、ごっ君のほうから迫ったくせして、ひどいじゃない。じゃ、砂糖抜きでいいわ」

「そんな、へそまげないでいいよ。たださあ、以前は紅茶だろうとコーヒーだろうとブラックだったから、ちょっと驚いたふりしてみただけさ」

「そうねえ。でも、ここのところ急に嗜好性が変わったみたいで、砂糖が欲しくなることがあるのよ。直接舐めることもあるほどだわ」

「え? それは随分な嗜好性だねえ。でも、砂糖を直接舐めたりなんかしていたら、モデル時代から続くナイスボディが台無しになっちゃうんじゃないの? もったいないじゃん。支持率にも響くかも」

「別に大丈夫よ。舐めるとしても、スプーンの端にちょっと乗せた程度だから。それで充分幸せ、という感じ」

「ふーん……。ま、砂糖に限らず、甘いものが幸せな気分にするというのは、脳作用として妥当なようだから。俺もコーラ飲みになってからは、その心境よく分かる」

「砂糖より脂質のほうがカロリー大きいのだから、食事の際、むしろこっちのほうを気をつけるべき。ごっ君も、気をつけてね」

「ああ。そのあたり、よーく分かっているよ。なんせ、明日も保健婦さんへ取材してくる立場でもあるしね」

「あ、この前話していた、コミュニティの健康づくりの活動のことね。寄稿してくれるはずじゃなかったの?」

「初めて打ち合わせた時にはね。だが、変更になって俺が取材して書く事になった……。あっ、忘れてた!」

「え、どうしたの?」

「従姉さん、もう一杯どう?」

「お代わりはいいけど、時間はまだ大丈夫よ」

「そう、ありがと。短くて済むから……」

「わかったわ。で?」

「で、ね。俺の会社の本紙の政治部長、矢頭のやっちゃんというのがいるんだけど」

「あなたが手塩にかけて育てた人物でしょ。何度も自慢話し聞いているわよ」

「そうだっけ?」

「そうよ。それに、この前だって、アジア外交姿勢を評価している記事傾向に感謝していると、私も言ったばかりじゃない」

「ああ、そうだけど……。なんだか俺、最近、物忘れがひどくなってきたなあ」

「で、その部長がどうしたの?」

「インタビューさせて欲しいテーマがあるので、俺からも推してくれという話なんだよ」

「単独のインタビューは難しいかも。官房長官に対応してもらわざるをえなくなるかもしれないけど。実際はどんなテーマなの?」

「新墓地の対象者リストの件さ」

「あら、その件なら、私のほうかアプローチしたいので検討するわ」

「やっちゃん、北京大学にも留学したこともあり、この前は台湾沖のミサイル演習の独占取材をぶちかましたほどの中国通なんで、戦犯者もリストに載せるという従姉さんの主張に、かなり具体的な突っ込みを入れてくるかもしれんが……」

「そのことなら、心配しないで。むしろ世間の関心を深めてもらうために、助かるわ。戦争が原因で亡くなった人はすべてリストに載せようという意志は、どんなに突っ込まれても揺らがないから、遠慮は無用よ」

 

 ズズズー、ゴゴゴー。ガッ、ガッ。ゴソゴソ。コココン、コン。ガーガー……

「おや? 今回、音声情報の収集はダメだと思いましたが、多少、ましになってきましたね。雑音はあかわらずだけど」

「そうですねえ……」

「技術さーん。解析できるレベルまで、感知度を上げることはできそうですか?」研究員Sは技師の背中へ気軽に声を掛けた。

「まだなんとも。まずは雑音の分離を試みてみますよ」

「そうですか。ちなみに、以前にもよく出た雑音と同じですか?」

「いや、初めてのタイプです。どうやら画像にも影響を与えています」

「うーむ。たしかに雑音の際、画像も同時に乱れるようになってきた。こうしたケースは初めてだなあ」Sは腕組みをした。

「技術さん。原因は、見当つきますか?」

「いくつか仮説が思いつきますが……。Kさんの脳内に、今までビジョンの際に稼動していなかった部位があり、それが今回初めて稼動したものの、稼動慣れしていないものだから、脳全体に影響を与えるようなパルスを不規則に発している。そのパルスが、映像の乱れや雑音として現れているとか……」

「確認する手立ては?」

「まだなんとも……。とにかく雑音自体を解析してみてから、この仮説の可否を判定したいと思います。しばらくお待ちください」

仮眠から帰ってきた主任技師は慌てる様子もなく、技師補に指示をしながら淡々と状況に対応をした。

 

「連日、ご苦労さま。さぞ、気疲れもするでしょう」

「いいえ、そんな……。お仕事として時給を頂いてやっていることだし」

「ボラバイトとはいえ、最低限の時給ですみませんねえ。ハンバーガー店の領収書は、必ず経理の担当者に渡して精算して下さいね。彼女の分も立て替えて下さっているのでしょうし、なおさら」

「毎回、彼女も私もコーヒーだけですから、大丈夫です。あのバーガー店、お代わりも ですし」

「そう。しばらくハンバーガーショップに入っていないから、知らなかったわ。で、どうでした?」

「ええ。ずいぶん打ち解けてくれまして」

「そうよね。連日会えたわけだから……。彼女としてもそうやって話を聞いてくれる人、強く求めていたに違いないわ。そこへタイミングよく西村さんのような聴き上手が現れて、とてもよかったと思う」

「ありがとうございます。たぶん次回には、コミ健まで連れて来ることができると思います。昨日に続き、今日も所長のことをチラッと話したら、嫌な顔をしませんでしたし」

「そう。では、来館できそうな時間帯が決まったら、スタンバイしてますから」

「お手数をかけ、すみません」

「あら西村さん、何を言うの?私の当然の職務ですわ。それに、今週は出張や外出の予定がないだから、ちょうどいいのよ」

「はい。それで、今日の結果ですが……。彼女が気にしている点、掴めました。お子さんが『砂糖を舐めた後、幸せな顔をする』というのが気になる点、いいえ、心配している点だそうです」

「えっ? それが心配ごと?」

「奇妙ですよねえ。大好きなお砂糖を舐めるんだから、幸せな顔になって自然なのに、それが心配だというのは……」

「そうねえ、変だわねえ……」

「で、彼女がそれを心配する理由は?」

「はい。と言っても、わたしにはまだ理解できないのですが……。彼女の言うには、その幸せな顔が不気味に感じるのだそうです」

「幸せな顔が不気味に感じる?!」

「ええ……。明らかに幸せそうな顔つきになるらしいのですが、目がどこか遠くの世界を見つめているような感じだと……」

「心ここにあらず、という意味かしら?」

「それとも違う雰囲気らしく……」

「とすると?……」

「彼女の表現だと『どこかへ旅立たれてしまうような気がする』というのです」

「えっ?……その『どこか』とは、もしかして『あの世』という意味?」

「そこまでハッキリと言っていないのですが……」

「うーん……。そうか!……。たしか、ご主人の様態、思わしくないままなのよね」

「はい。転落の際、相当強く頭を打ったようで。労災病院のお医者さんも、生きているほうが不思議なほどと言ったそうです」

「ご主人のお母さんも、体調がすぐれないのよね」

「はい。部屋で料理や子守りはして下さるものの、労災病院へ行く他は、外出しないそうです」

「本来彼女が頼りにしたい人が、瀕死だったり体調がすぐれなかったりしているため、心理的に……」

「幸せな顔を自分の子供に見ると、かえって不安が広がるということですか?……」

「ええ。たぶん、四歳ぐらいのお子さんでは、母親の逆境を汲み取って気遣うということは、少なくとも自分の幸せで一杯な時にはできないでしょうから」

「母親にしてみると、癇に障るということですね……」

「ええ。でも、子供に対してそれを露わにしないよう、自分を抑えているのかも。その分、さらに不安が内にこもり、増幅されてしまう」

「そうかもしれませんねえ……」

「たまたま目に付いたお砂糖の件を自分なりに問題化して、その解決にあたることで、不安を紛らわしているのでは?」

「でも、実際には、お子さんの問題ではなく、彼女自身の心理的な問題なわけだから……」

「そう。だから、それに自ら気づかない限り問題は解決されようもなく、ますます……」

「ますます?」

「ええ。ますます、子供があの世に向って微笑んでいるかのように見え、『その原因はお砂糖だ』との思い込みが激しくなってしまうかも……」

「恐ろしい……」

「ええ。とても恐ろしいことだわ。どうにかしなくては」

「はい、是非どうにか」

「とにかく、このことは秘密にしたまま、不自然にならない形でコミ健へ導きましょう」

 

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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