【二十四】
甜菜(砂糖だいこん)による砂糖の生産技法は、甘藷(砂糖きび)の入手が困難な国によって開発されました。
a
一九一四年 第一次大戦。日、独へ宣戦布告。中国から独が強制的に借款していた青島
を攻略。
b
まいね。やまこのてっぺだば、たまこでよ。
(駄目だ。山頂の着弾がひどい)
どうしたも、こしたもねべさあ。こごにいるしか。
(仕方ない。収まるまで、ここに留まろう)
c
「いやあ、お忙しいところ時間頂き、ありがとうございます」
「いいえ。最初は自分で書くとお約束したのに、すみません。やはりプロに全面的にお任せします」
「ええ、お任せ下さい。私自身、病み上がりで、健康には特に関心がありますので」
「何のご病気ですか? さしつかえなければ……」
「癌の手術を終わって退院したところなんですよ」
「そうなんですか……。でも退院した後には見えませんよ」
「充分に入院したし、毎日二時間ぐらい歩くようにしてますから……。さあて、まず第一回の記事は、保健相談所という旧来の名称から、コミュニティ健康相談センターへと改名した際のコンセプト、振り返らせて下さい」
d
ズズ、ゴゴ、ガッ、ガッ。コンココン。ガガガ、ザー……
「どうですか? 技術さん……」
雑音がますます増え画像の乱れもひどく、研究員のSとしてもイラつき始めたが、大きく深呼吸して気を取り直し、弁明を始めた。
「まだまだ未知の新技術。多くの理論は仮説で、修正を繰り返しながらの実用化です。ともかく凶悪犯罪を放っておくことはできないから、不完全であってもかまわず運用しているわけです」
「せっかくコンディション1の状態が続いているのに、もったいないですねえ」
当捜査への関心が随分と深まってきた田中は、自分自身が損をしているような感覚になり言った。
「ええ。雑音にじゃまされてしまうのは、とても残念です」
ずっと淡々と対応してきた主任技師もこわばった声を出した。
「雑音の出所を掴むのに時間がかかりそうです。この解析作業はジュネーブのセンターに丸振りして、ここではKさんとの連携で解決策を探ってみます」主任技師は作業の卓を色々といじりながら、振り返らずに言った。
「ミスターK、ミスターK。こちらモニター室。どうぞ」
主任技師は緊迫した声でKに呼びかけた。
「この雑音の中でも、Kさんからの返答は聴こえるのでしょうか?」田中が心配そうに訊いた。
「うーむ。副意識が司るトランシーバー式の交信は、いわば別回線のようなものだし、モニターアンプも独立しているから、大丈夫だと思うけど。でも、さきほどの技術さんの仮説がもし当たっていると……」
「今回初めて稼動した脳内の部位が、脳全体に影響を与えるようなパルスを、不規則に発しているという説ですね?」
「ええ。それが心配だ。もしその説が当たっていると、主意識も副意識も関係なく、影響を受け……」
「まさか、交信が全く不可能になってしまうわけじゃ……」
「あくまで仮説だが、その恐れも……」
「そうなってしまった場合は、どうなるのでしょうか?」
「うーむ……。いや、現段階ではそこまで心配せず、とにかく交信の再開を祈りましょう」
「でも、なかなか返答がないですねえ……」
「ビジョンの投射を長時間続けていましたから、雑音の有無に関わらず、副意識が不活性な状態になっていることには違いない。何度も副意識に呼びかけていくうち、活性化するでしょう。とにかく、少し待ちましょう」
ズズズー、ゴゴゴー。ガッ、ガッ。コココン、コン。ガーガー……
「ミスターK、ミスターK。こちらモニター室。どうぞ」
ズズ、ゴゴ、ガッ、ガッ。コンココン。ガガー、ザー……
「ミスターK。こちらモニター室、こちらモニター室。どうぞ」
e
子供の側の問題ではない。逆境に置かれる母親側の心理的問題だ。そう推測した高橋は、美人ちゃんとの面談日が決まり次第、師と仰ぐ大先輩に電話をした。保健のみならずカウンセリング技術についても著書を持つ女性で、知る人ぞ知る人物だ。乗り継ぎなしのバスで三十分も行けば、その大先輩が昨年から常務理事に就任した財団の本部がある。高橋は、さっそくそのオフィスへ行き、指導を仰ぐことにした。
「逆境に置かれるクライアントの心理的問題、というあなたの仮説、私も支持するわ」
「ありがとうございます」
「それだけに、クライアントがさっと引いてしまわないよう、慎重に対応すべきね。西村さんへ打ち明けるまでだけでも回数を踏んでいることからして、今回のクライアント、かなり躊躇いながら接触してきているのだと思う……」
「ええ」
「悩みが大きいゆえ、そうさせているのか。それとも、クライアントの元々の性格的傾向なのか……。今の段階ではどちらとも予想つかないけど、いずれにしても、今回の問題だけに焦点を当てた格好にならず、長期の多様な関わりの中でふと発覚した課題、そうした持っていき方ができればいいわね」
「そうですね……」
「あなたは所長なんだから、その権限を有効に使って、このように巻き込んでいく環境を演出できるじゃない?」
「ボラバイト要員が不足していますので、まずこれに誘ってみようかと思います」
「そう。それなら自然な関係作りができるわね」
「はい」
「ともかく、決して、あなたのほうから課題を持ち出さないこと。本人のほうから自発的に相談してくるまで、待つのよ。西村さんから聞いていないふりに、徹してね」
「分かりました」
「あと、今後あなたが気を払うべきは、『お砂糖』という鍵についてね」
「え?……。でも、子供の側の問題ではないという仮説が……」
「ええ。その仮説はおそらく当たっているでしょう。それだからこそクライアント側にとって『お砂糖』が鍵になるという意味よ」
「……」
「あなたも指摘していたように、四歳ほどの子供ならば、親の逆境を知っていても、自分の幸福感までをも伏せておくことはできない。何に起因しようと、幸福感が湧き上がれば、それは笑顔として現れてしまう」
「はい……」
「幸福感がストレートに笑顔へつながらないのであれば、むしろ不健全。年齢の低さを考慮できていない親によって、過度に抑圧されている可能性がある」
「はい。しかし、今回のケースではその心配は無用ということですね?」
「砂糖を舐めたいとの欲求を示した際、やたら叱っていないならばね。ちなみに、西村さんから、その辺りの情報は?」
「まだ人間関係ができる前ですが、ハンバーガー店でお母さんが叱りお子さんが泣きべそをかいていたのを、西村さんは目撃したそうです。そして、人間関係ができ西村さんへ悩みを打ち明けた時、お子さんがスティックシュガーの中に残っている砂糖を舐めようとしたから、と言ったそうです。この二つの話からして……」
「やはりクライアントは砂糖を理由に子供を叱っている。もちろん、過度な叱り方をしていなければ、子供側の心理的ダメージを心配することはないが……。万が一、折檻に走ってしまうとまずいわね。まだ西村さんからの情報しかないので、あなたとしても推察できないかもしれないけれど、クライアントが子供に暴力を振っている可能性は?」
「たぶん、そこまでは……。コンタクトを図る中、探っていきます……。あっ、でも、お子さんが砂糖を舐めて笑顔になることが気になり、その状態はまだ続いているのだから……」
「そうね。子供が砂糖を舐めることを、クライアントは母親として、認め続けているということよね。しかし、そうしておきながらも、幸福感をストレートに笑顔で表現することを、母親として許容できない。だからこそ、さっき言いかけたように、『お砂糖』が鍵になると思う」
「えー……」
「もう一度、前提を確認しながら整理してみましょう。まず、子供の側には問題はない」
「はい」
「子供の幸福表現を許容できない母親の側に問題がある」
「はい」
「母親側の問題とは、彼女の性格的傾向はさておき、現在、逆境にあることが原因」
「はい」
「その逆境とは、ご主人が労災に遭われ、意識不明の状態が続いていること」
「はい」
「加えて、泊りがけで来ているご主人の母親の体調もすぐれないこと」
「はい」
「以上が前提。いいわね」
「はい」
「さて、一般に、子供が幸福感を笑顔に出す機会は、色々とあり得るわよね。つまり、砂糖を舐めることだけが、唯一の機会というわけではない」
「はい」
「今回のケースでも、クライアントの子供が、幸福感を笑顔に出す機会は、砂糖の他にもあるはず」
「はい。おそらく」
「もし、子供にとって砂糖だけが唯一の機会だとしたら、よほど異常な状況か不幸な状況にある。たしかに父親が意識不明の重体という点で、不幸な状況と言えるけど、それにしても四歳という低年齢なだけに、たとえばテレビ番組を見ていてふと笑顔になることもあるだろうし、ままごとをしてふと笑顔になることもあるでしょう」
「たしかに……」
「にも関わらず、クライアントは、砂糖を舐め笑顔になることだけを特定して、不気味だと言う。それも、ちょっぴりしか舐めていないのにね」
「だから、『お砂糖』が鍵になるというわけですね」
「彼女の心理的な原因を解き明かすに当たっての鍵、糸口となると私は予想する。砂糖という物質が、との意味ではなく、それから連想される心情、それに象徴できる心情、たとえば『甘い』『甘える』や、『とろける』とか……」
「なるほど」
「『たまたま目に付いたお砂糖の件を自分なりに問題化して、それの解決にあたることで、不安を紛らわす』というあなたの見解も、捨ててはならないけれど、同時に、人間の欲求・願望ベースで、原因を探っていくことも忘れないでね」
「はい。分かりました。ありがとうございます」
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