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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【二十七】

 銀や銅の流出に危機感を強めた江戸幕府は、自国の供給力を高めるべく砂糖の生産を奨励しました。

 

 一九二一年 中国共産党結成。

 

 わいはー、へてこだ!へてこだ!

(あっ! 兵隊さんだ! 兵隊さんだ!)

 いがった、いがった。

(助かった、助かったぞう)

 

「ごっ君。今日はどこか元気ないんじゃない?」

「そうお?」

「でも、たくさん食べなかったじゃない。おいしくなかった?」

「いや、おいしかったよ。従姉さんの料理はいつも上手い」

「病院の先生に、何か言われたの?」

「いいや。検診してみなければ、何とも言えんとさ」

「えっ? じゃ、検査入院?」

「ああ。だが、そう急ぐわけでもないみたいだ」

「必要があるなら、すぐ検査もらわなければ駄目よ」

「せっかく紙面が回り出してきたからね。ま、仕掛りの分だけでも終えてから、社に相談するさ」

 

 ザーザー、ゴーゴー、ザーザー、ゴーゴー、ザーザー、ゴーゴー、ザーザー、ゴーゴー、  ザーザー、ゴーゴー、ザーザー、ゴーゴー

「あ、あれ?……。もしかして……」

 雑音が続く中、しばらく黙っていた田中が急に声を上げた。

「Sさん! Sさん!」

 田中は補助作業に掛かりきりの研究員Sの背中へ呼び掛けた。

「なんですか、田中さん。解説は後回しにさせて下さい!」

「いや、今、気づいたことがあって。もしかすると重要なことかも……」

「重要なこと?」

Sは椅子をくるりと回転させて身体を田中の正面に向けた。

「なんですか?いったい……」

「今、雑音とは別にも、小さい音が聞こえますよね」

「小さな音?…… ああ、あの予備スピーカーから漏れている音ですね?」

「あ、はい。で、あれは何の音ですか?」

「雑音の中からパターン化できる要素を抽出して、整理している最中の情報を音声化したものですが。今、センターのほうで担当しています」Sに続き、技師補も椅子を回転させて田中と向き合った。

「何回かに一回ですが、私が知っているパターンがあるのです」

「えっ? 田中さんが知っている音声パターン?」Sが驚いた。

「どこですか? メインスピーカーのほうから出してみますから、そのパートを教えて下さい!」

 技師補は雑音を予備スピーカーへ振り替え、メインスピーカーからパターン化された音声を出した。

 コンココン、コココン、ココッコ、コンココ

「えー、今のところです」

「なにかのリズムを刻んでいるようだ」Sが髭をむしりながら言った。

「そう、木の太鼓を叩くリズムです。とはいえ、音楽演奏の太鼓ではなく、暗号と組み合わさったメッセージを遠くに伝えるためのリズムです」

「え?…… それは、また、どこの誰が?……」

「ンガンゴレの部族です」

「えっ? ンガンゴレって、アフリカ大陸のンガンゴレ密林のことですか?」

「ええ。この密林に、聖人の棺を守りながら移動する部族がいて……」

「聖人の棺?」

「昔、奴隷貿易による死者の鎮魂を目的に、カリブ海の島からこの地に渡った牧師がいたそうで。その人のミイラが収められた棺を守りながら密林の中を移動しているのです」

「なんでまた田中さんが、そのことを?」

「十年以上前のことですが、製薬会社からの急な依頼で……」

「製薬会社?……」

「日本と欧州の資本が混ざった会社でしたが、そこの研究所が難病の薬を開発するために新種の植物を調査してまして、途中で障害が発生し、私に相談があったのです」

「いったい、どんな?……」

「ンガンゴレ密林に隣接する草原を調べているうちに、密林のほうから目当ての植物を食べた昆虫が飛んできていることを、彼らはその糞を分析しているうちに掴んだのですが、ポーターがこの密林に立ち入ることを拒んだため、動きが取れなくなってしまったのです」

「えっ、で、田中さんが代りに案内を引き受けたのですか?!」

「まさか。当時は、ンガンゴレ密林どころか、アフリカ大陸すら行ったことがありませんでしたから。それに、いくら国際ビジネスのトラブルシューティングとはいえ、全くの専門外です。私が相談されたのは、この密林に立ち入れるように、聖人の棺を守る部族と渡りをつけることでした」

「言葉は?」

「僕は英語がせいぜいですから、何種類もの通訳を雇いましてね」

「立ち入り許可を取るということか……。で、なんでその部族が許可を出す権限を持っているんですか?」

「なにも正式な権限を持っているわけではありません。いわば聖地とされるその密林を、霊的に仕切っていると現地の人々が信じているのが、この部族の呪術師で。その承認なく立ち入ると、いずれ寿命が尽きた後に魂が迷ってしまうとの言い伝えがあるため……」

「それで、ポーターが拒んだということか……。で、今聴こえるリズムは、その聖人の棺を守る部族が用いる信号ということなのですね?」

「ええ。間違いありません。あの時、丸三日、このリズムを頼りに、密林の中を彼らが指定する方向へ転々と移動し、とんでもない思いをしましたから、忘れるわけがない……」

「転々と移動?」

「ええ。彼らは極めて用心深く、棺と呪術師がいる位置に導くまで、引きずり回すのです。それによって、彼らの移動パターンを悟られないようにするためでしょう」

「GPSのことは、知らないのですかね」

「どういうシステムかは彼らも知らないようでしたが、ハイテク機器の一切を嫌っており、密林と草原の境界で、そうした物は持ち込まないという条件を課せられまして。カメラとかも含め、全部、草原側に設営したベースキャンプへ置いていきました。だから、ひたすら彼らの発する信号を信じて着いていくしかありませんでした」

「たしか、ンガンゴレは、世界でも屈指の密林ですよねえ……。途中で見捨てられたら、自力で出て来ることはできないだろうに。よく、彼らを信じることができましたね」

「ええ。今振り返ってみても空恐ろしく思いますが、和尚の紹介で掴んだルートだけに……」

「和尚って、あの白道寺の和尚さんですか?」

「ええ。和尚は、国際宗教議連の顧問をやっていまして。駄目で元々と思って相談してみたところ、何人もの聖職者を経由して、この呪術師とコンタクトの取れるルートを紹介してもらったのです。そうでもなければ、あの仕事、とても引き受けることはできなかったし、成果を出すこともできなかったでしょう」

「それにしても、営利企業の研究調査でしょう? 呪術師もさることながら、聖職者もよくぞ協力してくれましたよねえ」

「伝染説まである難病だったし、発症例が急増されていた時期でもあったし。そのことを徹底的にアプローチしました。それに、たとえ仮説が証明できて目当ての植物が材料となり得ることが分かっても、彼らに苗木の採取を依頼すれば充分で……。伐採によって密林を荒らすことはありえませんでしたからね」

「なるほど……。すみません。信用していないかのように詳しく質問してしまって。で、このリズムによる信号の意味は?」

「それが、私が耳にたこができるほど聞いたのは、このパターンの前半だけでして、後半は初めてです。が、たぶん、宗教上の概念でしょう」

「その呪術師の宗教感における概念でしょうか?」

「いいえ。今でもあの時と同じならば、棺に納められている聖人が存命中の宗教感です」

「ということは、呪術師にとって、いわば異教の概念ということですね?」

「ええ。異教でありながらも、奴隷犠牲者たちの鎮魂を成し遂げてくれたことへの感謝と尊敬の念が、代々の呪術師により伝承されているのです」

「なるほど。で、田中さんの理解できる前半部分は、いったい何を?」

「簡単です。『こちらを見なさい』と言ってます」

「田中さんと通訳の人たちがこの信号を頼りに、位置を移動していったということは、つまり……」

「そうです。つまり、『この音が鳴る方向を目差せ』という意味です」

「ということは、もしや、Kさんは今……」

 

「わたしの側の思い込み?そういう意味ですか?!……子供側の問題じゃないと?……そ、そんなことは決して……」

予想通りいよいよ彼女は相談を切り出した。しかし、高橋はしくじった。彼女の置かれた状況を思うほど辛くなり、母親側の心理的課題である旨を示唆するのを、つい急いでしまったのである。

「その場を見て頂ければ、きっと分かってもらえます!」

 狼狽し反省する高橋を気にせず、彼女は毅然と言った。

「あの笑みと目つきを、直接、見て頂ければ、きっと分かってもらえます!」

「そうだわね。ご免なさい、決めつけてしまって。まずは、見てみなければね……」

 高橋は自分自身を落ち着かせながら彼女の主張を受け止めた。

「でも、自然な環境で、お子さんの様子を観察させて頂く機会は……」

「所長。いかがでしょう?あの『ひな祭り子供大会』の案を実行しては?そして、そこに連れてきてもらうのでは?」西村がハッと思い出したように提案した。

 それは、以前、活動企画会議にてスタッフの中からアイデアが出されたものの、テーマ的にコミ健が担当すべきかどうか微妙だという意見と、具体的に何をしていいのか分からないという意見があり、お流れになりかけていた企画だった。

「連れてきて頂いても、ちょうどその時に、お砂糖を欲しがるとは限らないけれど、どうかしら?」西村は所長のみならず彼女にも対しても提案するような姿勢で言った。

 すると、彼女は、ソファの上に突然泣き崩れた。

しかし、高橋も西村も、彼女が気分を害して泣いたわけではないことを分かっていた。数ヶ月ものあいだ逆境の中で独り溜め込んでいたストレスが一気に吐き出されたことを肌で感じたからである。

「すみません! 私のために色々とお気遣い頂いて……」

 そう言ってからまた彼女はしばらく泣き続けた。高橋と西村は、互いに確認し合うまでもなく、静かに優しく見守ってあげた。

 

<次章へ続く>

 
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小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

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●制作・著作:蒔苗昌彦

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