フリーWebカレッジ  人道学科  開講記念小説 日経小説大賞日経小説大賞

人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【三十】

 明治政府は、北海道にて甜菜による砂糖の量産を試みました。

 

 一九三三年 日、国際連盟脱退。同年、満州移民大綱発表。

       満州も含め、累計七百万人を超える同胞、大東亜に散開。

 

 どうしたんだばー、たでー!そんでも挺身隊員か!

(こらあ、立たんか!それでも挺身隊員か!)

 わるげしけの。わいさ、はんだがってるはんで、おいでいてけへえー。

(申し訳ありません! ここで背面の楯となります。どうぞ構わず行って下さい)

 

 あれっ! 左胸がビリビリしやがる。ついに俺の心臓、いかれちまったかな。これでお陀仏だろうか?……

 あ、なんだ。くそっ! 勘違いか。携帯がバイブレーションしたのか。インタビューのためマナーモードにしておいたからな。紛らわしい。ワイシャツのポケットには二度と入れんでおいたほうがいいな。

 で、いったい誰からかな? どれどれ……。

 なんだ。非通知設定じゃないか。会話中に所長が戻ってきたら悪いから、しらばっくれておこう。大事な用なら、また掛けてくるだろうさ。

 

 ブウーン、キーン

「わっ!これじゃまるでハウリングじゃないか!」研究員Sは耳を塞ぎながら叫んだ。

 ブウーン、キキーン

「おいっ、それを止めろ!」モニター室へ駆け足で戻ってきた主任技師は技師補へ言った。

「で、でもこれはセンター経由ですから……」

「じゃ、回線を切れ!」主任技師は怒鳴った。

 ぷつり。プーン…………

「あ、主任!」

「回線、切ったのか?」

「いいえ。スイッチを切る前に、ハウリング、止まりました」

「そうか……」

「雑音まで、やんだようです!」

「本当か? モニターアンプが壊れたわけじゃないのか?」

「はい! アンプとスピーカは生きているようです」

「よし、状況についてセンターと連絡を取ってみよう」

「おやっ、コンディション表示が2に! あっ、3に! いや、4に!あっ、また3に戻った! いや2だ! いや1だ!」研究員Sがパニックになったようにして叫んだ。

「えっ! こんなに上下するのは初めてだ! 俺はまた隔離室に行ってくる。センターとの連絡は君がやっておいてくれ!」

 技師補に指示した主任技師はモニター室を再び飛び出ようと椅子から腰をあげた。その時、スピーカーから音声が聞こえた。Kからの呼びかけを現したロボット音声だ。

「こちら、K。こちら、K。モニター室、どうぞ……」

「こちら、モニター室! 大丈夫ですか? Kさん、どうぞ!」椅子に座り直した主任技師は応答した。

「こちら、K。こちら、大丈夫です。どうぞ」

「激しい雑音のため交信が取れなかったので、心配してました!どうぞ」

「そうですか。心配かけました。主意識がビジョンに集中していましたので、交信停止は認識していましたが、雑音は認知していませんでした。どんな雑音でしたか?どうぞ」

「ンガンゴレ密林の部族が用いるリズム信号が、雑音の主原因と推測しています。どうぞ」

「その信号ならば、こちらも了解しています。どうぞ」

「ならば、安心しました。当初の調査、継続、可能ですか?どうぞ」

「はい、可能です。かえって、今までにないほど、見通しがよくなりました。しかし、その前に、さきほど得たビジョン情報、そちらへ引き渡しをさせて下さい。どうぞ」

「児童売買についてのビジョン情報ですか? どうぞ」

「いいえ。ンガンゴレ密林のリズム信号から始まった、全く別のビジョン情報です。どうぞ」

「Kさんの作業が再開しやすいのならば、引き渡しを受けますが……。どうぞ」

「情報量があまりにも莫大なので、ストックスペースに抱えていると作業再開に支障が出ると思います。ですので、引き渡しをさせて下さい。どうぞ」

「了解。では、引き渡しを受けた後、Kさんのストックスペースをいったんクリアします。いいですか?どうぞ」

「了解。そのビジョンは、帰還した後、再生して見ることにします。では、読み取り開始して下さい。こちらはスタンバイです。どうぞ」

「了解……」

 

「ご免なさい! 大変お待たせしまして」

 木鋳寺にしてみれば長く待った気はしなかった。が、応接室に戻るなり高橋は深く詫びてから、ソファにかけた。深めのソファにもかかわらず、いつも背筋をピンと伸ばしてきた高橋が、力が抜けたようにどっかり座ったのを見て、木鋳寺は気になった。

「大丈夫ですか、所長。もしお忙しいようでしたら、明日また出直してきますが……」

「いいえ。大丈夫です。さっきの人は、とりあえず家へ帰ってもらいましたので」

「とりあえずと言うと、では、そのお人、またお越しになるんですか?」

「いや、それはまだわかりませんが……」

 ピロロロロ! ピロロロロ!

 高橋が歯切れ悪く応え掛けた時、今度はノックではなく、内線電話が鳴った。

「あ、ご免なさい。たびたび……」

「どうぞどうぞ」

「では、失礼して……。はい、応接室です……。財団の常務から?分かったわ。じゃ、こちらに回して」

「あ、ここに居てもいいんですか?」木鋳寺は気を回した。

「ええ。もし重要なことでしたら、こちらから掛け直しますので……。あ、はい、常務、失礼しました。高橋ですが……。はい。いいえ。はい。はい。えっ? ほんとですか? 他にも発生?……。実はあの彼女もたった今来て、帰ったところですが……。たしかに、彼女のお子さんも、昭子ちゃんですが……。いったいどういうことなのでしょう?…… ええ、そうですね……。分かりました。こちらも改めて彼女とコンタクトを取って、折り返しします。では……」

 ブルルルッ! ブルルルッ!

 高橋が内線電話を置いた時、今度はソファテーブルに置いてあった携帯電話がマナーモードのままバイブレーションした。

「木鋳寺さんの携帯じゃないですか? どうぞ出て下さい」

「え、でも、どうやら明日の再インタビューの時間を決めてからのほうがよさそうで。こっちのほうどうせまた、非通知設定の電話でしょうから……」

「私、一息ついてから行動起こしますので、どうぞご遠慮なく……」

 高橋は、完全にぐったりとソファに身を預けた。その様子を前にした木鋳寺は手に取った携帯の受話ボタンを押した。

「じゃ、失礼して……。はい、木鋳寺ですが……。え?誰?……。あっ、官房長官。これは失礼しました。非通知設定だったもんで、つい。で、ご用件は?……。えっ?!ほんとですか?……。はい。はい。はい。ならば、今はもう大丈夫なんですネ。わ、わかりました。じゃ、用を済ませたら次第タクシーで向かいますので、従姉にはよろしくお伝え下さい」木鋳寺は携帯を切った。

「あのう・・、木鋳寺さん。もしかして、木鋳寺さんはあの木鋳寺昭子首相の弟さん?……」

「あ、言うのが遅れましたが、実際には同姓の従姉なんです」

「ということは、首相に何かあったのですか?……」

「ええ、官房長官によれば、心神喪失状態に見えたそうで、大事を取ったそうですが……。あっ、この辺り、内密に……」

「はい、それは心得ていますが、今、もしかして心神喪失とおっしゃいましたか?」

「いや、それは私の言い換えで。実際には、打ち合わせの際中、極度に茫然とした状態がしばらく続いたそうです。ま、医者も本人も大丈夫だと言っているので、大丈夫でしょう。ご心配なく……」

「はい、でも、必ず内密にしますから、よければ一つだけ……」

「ええ、どうぞ」

「で、首相が茫然とする直前には?……」

「官房長官の話ですと、コーヒー用に出してあったお砂糖をちょっと舐めて……」

「ああっ? ということは、もしかして首相までをも含めた昭子さんたちがあちらこちらで!……」

「えっ、何ですか、あっちこっちの昭子さんとは?」

「実は、さきほどの急な来客にしても、さきほどの急な電話連絡にしても……」

 高橋は木鋳寺へ、美人ちゃんの経緯と、財団常務理事からの緊急電話の内容を詳しく話した。

 

<次章へ続く>

 
  あらすじ 

■サイトマップ

         10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24   

25 26 27 28 29 30 31 32 33 


小説中に登場する人物・団体・施設・出来事等は全て架空(フィクション)です。

フリーWebカレッジ 人道学科 開講記念小説「お砂糖」web小説  小説 フリー小説


●制作・著作:蒔苗昌彦

二次使用について

当サイトのコンテンツはすべて、パソコンのモニター画面上で閲覧する行為に限定し、公開しています。

それ以外の使用(印刷・配布・組織的利用・商業利用・転載等)については、電子メールにてお問い合わせ下さい。