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人道問題小説「お砂糖」  蒔苗昌彦


【三十一】

 大正時代、民間企業が再び甜菜による砂糖の量産に挑戦して成功し、昭和には供給の一翼を担うほどまでになりました。

 

 一九三七年 日中戦争、始まる。第二次国共合作。

 

 アパ、おねえちゃは?

(お母さん、おねえちゃんは?)

 おねえちゃも、いいどごさ、いったね。

(おねえちゃんもね、旅行に行ったのよ)

 

「ごっ君、ごっ君……」

「あ?……。おう、従姉さんか……。俺、ひどいイビキでもかいてやしなかったかな?」

「大丈夫よ、ごっ君。気持ちよさそうに、すやすや寝ていたわ」

「いやあ、ホントに気持ちいいぜ、この病院の薬は……。早くも天国に到着した感じだ……。あれ? なんだか前にも言ったような……。デジャブかな?」

「何を言ってるの、ごっ君。しっかりしなさい。とにかく今となっては不治の病ではないのだから。ちゃんと治して、家に戻るのよ!」

「あれれ? それもまたデジャブかいな?……。ま、なんにしても、すっかり忘れっぽくなってしまってよ。これじゃあ、たとえ退院できても、新聞稼業とはおさらばだな」

「そんなこといっちゃ、だめ! コミュニティ紙であっても。あ、いいえ。コミュニティ紙だからこそ、かえって期待している人が多いのよ。あの時紹介してもらった高橋さんも、とっても期待しているわ」

「あ、なに。そのあと、従姉さんまで、健康相談、乗ってもらってるの?」

「保健相談どころか、いいお友達になれるかもしれないわ」

「そういえば、所長は従姉さんと同じ年頃だもんなあ……。とっても、いいこった。俺も安心してあの世へ行けるってえもんだ」

「何を言ってるの! 必ず良くなると信じて、頑張らなくちゃ!」

「ハイハイ、わかったわかった。頑張るよ。従姉さんも、必ず世界は良くなると信じて、首相のお仕事、頑張ってちょ」

 

 あーむー。んあーむー。チーン……

「春の夕陽は霞みでボンヤリしとるが、こうしていても背中が冷えんでありがたいのう」

「そうですね、和尚」田中が応じた。

「じゃが、Kさん。この前は無事でよかったの」

「無事どころか、あれ以降、ビジョンの能力が格段と上がりましたよ」

「そうかい。でも、まあ、ここにいる時ぐらいは、静養に専念なされ」

「ええ、是非」Kは応えた。

「でも、万が一の時には、支援チームが一時間以内にいるし、それに今度は私も付いているし」田中が口を挟んだ。

「なんじゃ、田中さんの新人研修期間はまだまだ続くと聞いとるぞい?」

「え? 和尚、あいかわらず地獄耳ですねえ」

「地獄耳でもあるが、極楽耳でもあるぞえー。この進む春の夕暮れを眺めている分にはな」

「西方に極楽浄土あり。ひたすら信じ、心安らかに」田中が和尚の常套句を言った。

「そうですねえ……」

 Kは夕暮れの先の、さらに遥か先を見ているような温和な目で、同意した。

「あ、いけない。もうとっくに、おかゆが出来上がっているはずだ!」

「ふむ。そうかいな。ここではどうも時間の進み具合がわからんで。では、最後にもう一度だけ」

 あーむー。んあーむー。チーン……

 

<次章へ続く>

 
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